製造業におけるAIの現状や活用事例を解説
現在さまざまな場面で利用されているAI(人工知能)ですが、国内の製造業の企業では海外企業と比較しAI導入で後れをとっています。「AIを導入してどのような問題を解決できるのか」「コストはどのぐらいかかるのか」など、さまざま疑問点が浮かび上がり、なかなかAIの導入まで踏み出せない企業もあるでしょう。 製造業のAI導入は、生産コストの削減や事故防止、人手不足の解消など多くのメリットをもたらします。 そこで本コラムでは、製造業におけるAI導入の現状を解説するとともに、解決できる問題点やAIを導入するまでのプロセス、導入事例を紹介します。 製造業におけるAI導入の現状 2019年に総務省が公表したデータによると、日本のAI導入率は39%でした。世界各国のAI導入割合は中国85%、アメリカ51%、フランスとドイツは49%となっており、主要先進国と比較すると日本のAI導入割合は非常に低いことがわかります。 ※出典:情報通信白書令和元年版(総務省) また、国内中小企業のAI認知度が95.1%であるのに対し、AIが導入されている割合はわずか1.2%であることから、AIの認知度と実際の導入率に著しい差があるとわかるでしょう。その理由は、国内のAI技術者不足にあると考えられています。 AI技術者は大手企業やスタートアップに就職する傾向があり、AI関連サービスは大手企業を中心に事業展開しているというケースもあります。そのため、中小企業までAI技術が広まっていきにくい状況なのです。 実際に2019年に中小企業庁が公表した調査結果では、中小企業の45%が「AI技術やノウハウをもった人材が不足している」と回答しています。 ※出典:中小企業のAI・データ活用について(スマートSME研究会 討議用資料)(中小企業庁) 国内のAI導入は後れをとっており、その傾向は製造業も同様と考えられます。 AI導入によって解決できる製造業の課題 かつての日本はものづくり大国といわれ、品質と技術力の高さで、世界的にも躍進しました。 しかし近年、製造業は少子高齢化による労働者不足や技術継承の問題など、さまざまな課題を抱えている状況です。ここでは製造業が抱える課題を詳しく見ていきましょう。 労働力の減少 国内では少子高齢化も相まって、慢性的な労働者不足に陥っている状況です。総務省の統計では、国内の生産年齢人口(15〜64歳)は1995年をピークに減少しており、2050年には5,275万人(2021年から29.2%減)に減少すると予測されています。 製造業は労働者が確保できなければ事業の縮小、あるいは廃業に追い込まれる可能性があります。ものづくりを支えた伝統が途絶えてしまうと、海外製造業にニーズが集中し、日本経済そのものに影響が出てくる可能性すらあります。 ※出典:情報通信白書令和4年版(総務省) さらに、経済産業省の調査によると、2002年に1,202万人いた国内製造業の就業者数が、2019年では1,063万にまで減少しています。今後も労働力が不足する可能性は高く、労働力不足を解決に寄与できるAIの導入がより積極的に議論されるでしょう。 ※出典:2020年版製造基盤白書(ものづくり白書)(経済産業省) 技術継承の問題 国内の高品質な製品は、長年の知識と経験をもった職人たちの技術力によって支えられてきました。しかし、こうした職人たちの高齢化が進み、さらに少子高齢化で若手の人材不足が顕在化したことで、技術継承が困難になっています。 特に中小企業は、この問題が顕著です。このまま問題が解決せずに進行した場合、中小企業が大半を占める国内製造業にとって、製造業全体が衰退する恐れもあります。 課題となっている技術継承の問題を解決するためにも、職人がもっていたノウハウをデータとして収集し、AIを導入して若手の育成や技術継承に活用することを検討する必要があるといえるでしょう。 設備の老朽化 製造業全体で、最新設備の導入が遅れている点も問題です。製造業全体の設備投資額は近年増加傾向にありましたが、2019年以降横ばいが続いています。このことから、最新設備が導入されておらず、既存設備の老朽化が進んでいくと考えられます。 ※出典:製造業を巡る動向と今後の課題(経済産業省製造産業局) 設備をメンテナンスして、長年にわたって利用することは製造業にとって重要なことです。しかし、IT技術を取り入れた設備投資とITを扱える技術者の確保を同時に進める必要があります。 サプライチェーン問題 サプライチェーンとは資材調達から製造、販売に至るまでの一連の流れを指します。 昨今は、新型コロナウィルスのまん延や国際紛争、それらにともなう価格高騰、物流の遅延などが起こっており、サプライチェーンに関連するリスク要因は増える一方です。 こうした課題を踏まえ、サプライチェーンの効率化やビジネスモデルを変革する必要性は、より高まっていくと考えられます。AI技術を活用したサプライチェーンの最適化に向けた取り組みが求められます。 AI導入が製造業にもたらすメリット AI導入が製造業にもたらすメリットは、人材不足の解消や事故防止、検査精度の向上、品質改善など多岐にわたります。 人手不足の解消や従業員負担の軽減 AIの導入によって業務が自動化されれば、生産性が向上し少ない人数でも業務をおこなえるようになり、人手不足の解消に役立つでしょう。AIに任せられる業務が増えれば従業員を他の業務に再配置でき、組織全体での業務効率化が期待できます。 人は長時間連続してはたらくことはできません。負担や疲労が蓄積すれば作業効率は下がりますし、従業員のストレスにもなるでしょう。AIに一部の業務を代替させることによって、従業員の負担軽減にもつながります。 品質チェック精度の向上 人による品質チェックは各人のスキルに依存しがちですが、AIを導入することでその問題も解決可能です。 たとえば、画像認識によって異常検知をシステム上でおこなうことで、品質チェックの精度やスピードの向上が期待できます。その結果、生産性が上がり、品質異常による損害防止にもつながるでしょう。 業務生産性向上 たとえば、見込み生産を行う企業では、需要を予測し今後の売上や受注数・在庫数などを算出する“需要予測”を行います。従来は経験や感覚に頼ることが多い業務でしたが、AIを活用することで需要予測にかけていた時間の削減が見込め、業務精度・生産性の向上が期待できるでしょう。 需要予測に限らず、他の業務でもAIの活用によって効率化が進めば、削減できた時間を別の業務に回すこともできるようになります。結果として企業全体の生産性向上が望めるでしょう。 設備故障の予測 設備の稼働状況や過去のメンテナンス記録を機械学習で学習させることで、設備故障や部品の交換時期を予測・検知できます。 AIを活用し予知保全がしやすくなれば、突然の設備故障で生産計画が崩れるトラブルも回避できるでしょう。また、重大事故の防止にも役立ちます。 生産管理の課題解決 製造業では計画通りに生産するために、また、製造業において欠かせない品質・コスト・納期(QCD)を追求するために、生産管理体制を構築する必要があります。しかし、生産管理は容易ではありません。生産計画から購買、在庫管理にいたるまで範囲が多岐に及ぶほか、近年はサプライチェーンの複雑化やニーズの多様化による製造品目の増加などの課題があるためです。 生産管理における課題の解決にもAIは有効です。たとえば生産管理の範囲の広さも、単純作業をAIに任せることで人員数やかかっていた時間を抑えられます。また、生産計画も蓄積した膨大なデータをもとにAIに分析・予測させれば、担当者のスキルに依存することなく高度な計画が立てられるようになります。 AIを製造業に導入する流れ 本章ではAI導入のステップを解説します。 現場の可視化 製造業にAIを導入するためのファーストステップは、現場の状況の可視化です。そのためには、まず自社が抱える課題を洗い出すことが大切です。 具体的には業務のプロセスを整理したり、現場に直接ヒアリングをしたりして、課題を抽出していきます。経営目標を改めて確認し、それを実現するには何が必要かを考えるのも良いでしょう。 課題が洗い出せたら、どの課題から取り組むべきか優先順位を考えます。取り組んだ際に企業全体に与えるインパクトや、現場からの声の大きさなどをもとに検討してください。 調査・検討 AIの導入で解決できる課題なのかを調査します。インターネットの検索機能を用いて、その課題がAIに適用する可能性があるか、既存のソリューションがないかも探してみるのも良いでしょう。必要に応じてAIベンダーにも相談します。 調査をもとに、実現の難易度やAI適用で得られる効果を検討し、最終的にどの領域・課題で取り組むかを決定します。 設計 ここでは、AIの本格導入を判断するための“検証”を、どのような体制でどれくらいの期間と費用をかけて実施するか設計していきます。具体的には、解決したい課題は何か、現行の業務のどこにAIを組み込むか、検証時に誰がどのような役割で担当につくかなどです。 AIの要件は解決したい課題によって決まるため、まずは解決したい課題から考えていきましょう。たとえば、加工画面の見積もりであれば「誰でも見積りができるようにしたい」「見積りの回答時間を短縮したい」、予知保全であれば「直近数日以内のメンテナンスの必要性が知りたい」などです。 要件が定まったら、検証期間を決め、初期費用を見積もります。この段階では成果が出るか分からないため、必要最低限の費用で良いでしょう。 学習用データの準備も必要です。まずは手元のデータから始めるために、現在社内にあるデータを整理します。手元にデータがなければ、データを記録・蓄積するための業務ルールを設けるなど、今後データを作る方法を考えましょう。 検証(PoC) PoCとはProof of Conceptの略で、概念実証という意味です。より詳しくいえば、新しいアイデアを打ち出した際、そのアイデアが実現可能か、効果は期待できるか、という点を導入前に検証することを意味します。 PoCのメリットは以下のとおりです。 小さい試験からはじめるためリスクを低減できる 無駄なコストは早い段階で判断可能 数値的根拠により周囲の理解を得やすい AI導入のリスクとコストを下げるためにも、PoCは重要な役割を担います。 PoCの段階では、AIを試験的に活用し、業務に本格導入できる精度になっているかを確認します。また、試験運用で検証と評価を繰り返しおこない、AIモデルの精度を上げ最適化を進めます。 検証期間が終了したら、人の手で行っていたときの工数がAIの活用によってどの程度改善されているか、定量的な効果を確認します。加えて属人化の解消といった定性的な効果も確認し、AI本格導入の価値を試算しましょう。 本格導入 本格導入を決めた場合、AIを製造現場に設置・運用していき、課題解決に対する有効性やコストに見合った運用ができるのかなどを評価します。評価によっては、データ取得や分析を繰り返す段階に戻って、再度AIモデルの精度を上げながら実運用に向けて調整しましょう。 AIを製造業に取り入れた活用事例 ここまで製造業にAIを活用するメリットや、導入までの方法を紹介しました。しかし、製造業でAIを導入している企業はまだ少ないのが現状です。 この章では、すでにAIを活用している企業の活用事例を紹介します。AIがもたらすメリットや成功事例として、参考にしてください。 酒造メーカー/A社の事例 A社は、伝統の技から作られる日本酒の安定供給や品質維持のため、ITベンダーとタッグを組み、AIの導入を決断しました。 日本酒の原材料となる米の契約栽培農家にクラウド管理システムを導入し、米の安定供給を目指して栽培技術の見える化と共有化を実現しました。また、製造工程にもAIを取り入れ、日本酒造りに欠かせない、杜氏ら作り手の経験や高品質なノウハウの見える化に取り組んでいます。 日本酒の成分データはA社が計測し、ITベンダーがそのデータをもとに最適なプロセス情報をA社に提供。提供された情報をもとにA社は、最適な日本酒造りに向けた製造をおこなっています。こうしたA社とAI開発メーカーとのやりとりを繰り返すことで、AI予測モデルの精度を向上させました。 結果として、人の手を介さなくても均質で高品質な日本酒造りの実現が可能になった事例です。 大手システム会社/B社の事例 製造業の外観検査は、これまで人のチェックによって行なわれてきました。しかし、外観検査は傷、変形、色ムラなどチェックすべき項目が多様で、画像解析から「不良とはなにか?」などの定義と学習が必要でした。そのため、安定的な異常検出は難しく、従来システムでは完全な自動化は難しい状況だったのです。 そこで、B社は独自の技術を用いて、従来のシステムではなし得なかった熟練検査員の感覚と経験をAIに取り入れました。 まず、良品と不良品の判定に幅をもたせる技術を実現し、良品状態のばらつきを許容可能にします。そのうえで、ノイズがない画像検知をおこないました。このような過程を踏むことで、明らかな欠陥箇所のみを抽出可能にしたのです。 このAI欠陥抽出システムを活用して、ベテランの外観検査員のように、良品の許容範囲を認識しながらも不良箇所のみを安定的に抽出できるようになりました。 B社は、製造現場でAIが当たり前に使えるよう、外観検査の自動化に取り組んで蓄積してきたノウハウをシステムに取り込み、すぐにAIを導入できる環境も実現しています。 まとめ 国内製造業の中小企業は人材不足や後継者不足など、さまざまな問題を抱えています。また、IT技術者の確保も難しいことから、AI導入が後れているのが現状です。 AIの活用は人材不足や後継者不足などの問題にも役立ち、製造業においても非常に有用です。ただし製造業のAI導入は、現場の課題の可視化や検証の実施、精度の向上など、さまざまなプロセスが必要となります。AIを導入する際は、万全の準備をおこない段階を踏むことが大切です。 製造の現場にAI導入を検討するにあたって、自社にAI人材がいない場合はAIベンダーの協力をあおぎましょう。また、製造業におけるAI導入に詳しい専門家に、外部人材として支援してもらうのも有効的です。 AI導入が実現できれば業務を効率化でき、現在抱えている人材不足の解消やコストカットも可能です。本コラムをきっかけに、AI導入の検討を始めてみてはいかがでしょうか。