社会により大きなインパクトを与えるために、独立の道へ。新規事業のプロフェッショナルが感じた、イノベーションの矛盾
株式会社DATAFLUCT 代表取締役 CEO
大阪府立大学大学院工学研究科、早稲田大学大学院商学研究科修了。 株式会社ベネッセコーポレーションにてCRMやダイレクトマーケティングを経験後、株式会社マクロミル、株式会社リクルートマーケティングパートナーズ、弁護士ドットコム株式会社、株式会社日本経済新聞社にて、広告・婚活・メンタルヘルス・HR-TECH・データビジネスなど15以上の新規事業を創出。2018年に独立し、同時期に宇宙航空研究開発機構(JAXA)より新規事業の専門家として招聘される 。現在は株式会社DATAFLUCTの代表取締役 CEOとして、データサイエンス領域を中心に、多種多様な企業の新規事業とデータ活用を支援する。
近年はさまざまなデータを活用し、顧客の行動を細かく分析し、一人ひとりに合わせた体験価値を提供するビジネスモデルが増えています。
それに伴い、データを活用する新規事業の立ち上げ・開発を担う人材の注目も高まっている状態です。
しかし、新規事業の案件を担当するにあたって、どのような知識・スキルが必要となるのか、詳しく理解できていない方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、データサイエンス領域を強みとし、ビッグデータ×新規事業で幅広い企業を支援した実績を持つ久米村氏に、新規事業の考え方や外部人材としての関わり方についてお伺いしました。
イノベーションに対する想いが、独立心を掻き立てた
――独立し、専門家としての活動を始めたきっかけについて、教えていただけますか?
もともとポートフォリオワーカー(複業)の働き方に興味を持っていました。そのうえで独立のきっかけになったのは、会社員という立場で新規事業を担当することに、ある種の限界を感じたことです。
私は30代後半までさまざまな会社に所属し、幅広いプロダクトに関わらせていただきました。その中で新規事業を提案する機会も多くあったのですが、経営陣に受け入れてもらえないケースが出てくる一方で、数年後には提案内容に近しいものが、スタートアップ企業の事業として成功していく状態に、会社員の限界を感じていたんです。
また、会社員が新規事業を起案することは、起業することではないというか。取り組みたい社会課題に対して、こういうサービスがあれば世界が良くなるという考えは実現しにくいんですよね。本来、新規事業はそうあるべきなんじゃないかと思うのですが、会社は新規事業を通じて短期的に利益を出せるビジネスをやりたいと考えているので、長期的な社会課題を解決するイノベーションとの矛盾が生じていました。
最近では、伝統的な企業でもスタートアップ・ウェイ、起業家精神、新規事業、デジタルなどに興味を持つようになりました。データ活用でビジネスモデルを変えていくべきだ!と提案していくと、世の中は良い方向に少しずつ変わっていくように感じるようになってきました。これが俗に言うDXですね。
これまでの経験から、新規事業のアイデアを具現化する自信はあったので、「それなら起業家としての自分を10等分して、10社同時に支援し、その10社のデジタル新規事業開発を手伝えばよいのではないか」と思って。その行動の選択肢としてポートフォリオワーカーがあり、独立・起業につながりました。
――独立の際にコンセプトやルールを決められたそうですが、これらについて教えていただけますか?
コンセプトについては、アントレプレナー・イン・レジデンス(客員起業制度)を掲げています。これは客員として起業家を迎え、企業はスタートアップを学ぶことができ、起業家は起業の準備ができる仕組みです。私自身の働き方を表した言葉でもあり、業界を絞らずに色々な企業のイノベーションを支援しながら、自らもスタートアップにチャレンジすることを大切にしています。
ルールについては、報酬ドリブンではなく、学習ドリブンを採用しています。これは過去にやったことはやらないというスタンスです。例えば過去に経験した同じ業界の同じような内容であれば、多くの案件を引き受けることができますが、これは自分の成長につながりません。だからこそ、新しい業界か、新しいテーマにだけ取り組むようにしています。「DX×素材」「DX×工場」「DX×物流」など、テーマにかけ合わせる業界を変えていくことで、幅広い業界のデジタルの課題が分かるようになり、自らの成長にもつながったんです。
――この学習ドリブンで案件を受けることに関して、幅広い業界に触れることで、どのようなメリットがありますか?
テーマを軸に、自分自身のスキルの幅を拡張していけることです。世の中には沢山の仕事がありますが、同じ仕事が10年後も存在するとは限りません。それは新規事業も同様です。新規事業は技術×業界の課題の組み合わせで生み出せますが、常に技術のアップデートを行い、業界の課題の種類を増やしていかないと、スキルは廃れてしまいます。
また、社会課題の動向が変わる中で、業界ごとの技術動向も更新されていくので、事業開発のトレンドをいかに先読みして、新規事業の提案をすることかが大切です。
このトレンドを先読みするという点において、幅広い業界で得た経験が役立ってきます。
――経験分野が広がると、依頼の幅も広がりそうですが、案件を受ける基準みたいなものはありますか?
私が案件をお受けするかを決める判断基準は、主に3つあります。
- 社会課題にアプローチできるか
- 新しいデジタル技術を活用しているか
- 企業様が本気で変革に取り組んでいるか
この3つをお伺いするのは、自分のキャリア感や強みとマッチしているからです。どれか一つでも欠けてしまうと、自分以外の方のほうがバリューを発揮してくれそうな気がします。クライアントのことを考えるからこそ、この基準で、案件をお引き受けするかを決めています。
お客様が自信をもって、プロジェクトを推し進めていけるように
――専門家として、これまでの活動実績を教えていただけますか?
過去3年間で、70社ほどの企業様を担当させていただきました。業界にこだわらず、DX・新規事業の専門家として関わっていくことを重視しているため、幅広い業界の企業様にアドバイスをさせていただいています。
――専門家としての支援実績について、特に印象に残っている案件はありますか?
食品業界の企業様から受けた案件が印象に残っています。「IoTサービスを創りたい」という相談があったのですが、先方はAIやITの事業を創ったことがなく、クラウド環境も導入されていないような状況で、デジタルに対するあらゆるノウハウが不足していました。
そこで私が最初の3ヶ月間で行ったのが、ステークホルダーを集めたワークショップの開催です。具体的にはデザインスプリントを通じて、本当に解くべき課題を特定し、創るべきプロダクトを皆で描き、実際にプレゼンをして、合意形成を図るまで、ディスカッションやヒアリングを続けました。
その後、企業様がAIベンチャーと協業するにあたって、「どのような関係を築いていくべきか」「知財についてどう考えればいいか」「社内体制をどうするべきか」「投資のリターンをどう考えるか」などの相談に応えました。
これらの活動から、現在では、中期経営計画に落とし込まれ、実際にAIベンチャーを選定し、現在はPoCを進めています。
――久米村さんが成果を出すために、大切にしていることはありますか?
新規事業を成功させるという点において、心がけていることは3つあります。
1つ目は、初期の数回の会議で実行確率の高いソリューションを複数案提出することです。なるべく早く、具体的なものを。これは他のコンサルタントとの違いでもあるのですが、私は案件に入る前から、会社の環境や事業内容を徹底的に分析し、事業モデルの理解を深めるように努力しています。
市況分析や直面する事業課題の明確化だけでなく、経営者の人柄や、会社の歩んできた歴史などを踏まえて、未来をイメージしながら状況分析を行います。その答えを短期的に提供できることが私の強みであり、新規事業の推進スピードを上げるために行っている工夫です。
2つ目は、トップダウンだけでなく、キーとなる重要部署を横断的に動かす「横押し」のプロセスです。ご紹介した案件のように、必要なテーマに基づいたワークショップを開いて、現場の課題1つひとつに対して実現可能な対策を考えることで、全員で同じ目標に向かって進んでいくという意思統一を図っています。私も会社員時代には新規事業をいかに守るか、潰さないかという観点で動いてきました。組織の中にどんな事例があるのかをお伝えすることは、とても喜ばれています。
3つ目は、羅針盤としての役割を果たすため、自分からビジョンを伝えていくことです。企業の課題を整理し、解決策を提示するのは、どこのコンサルティングファームでもできること。しかし、企業の皆様が私のような起業家に期待するのは、エネルギッシュなビジョンです。知識や実行力というよりも、進むべき方向性や具体的なプランを提示することで、要は背中を押すことだったりします。私と話すとポジティブになり、元気が出たと言われることがよくあります。
だからこそ、「自分だったらこうします」というアイデアを積極的に出して、企業様に気づきを与えながら、前向きにプロジェクトに取り組んでいただくことを大切にしています。
いかに自分自身をアウトプットできるかが、外部人材への第一歩
――久米村さんは実際に外部人材の活用経験もあるそうですが、企業が外部人材を活用するメリットについて、どのように考えていますか?
一言で申し上げると、「ほとんどの課題が解決できる」ことです。内部人材だけで企業の課題を解決しようとすると、知識的な限界があり、立ち行かなくなります。社内に詳しい人がいれば良いですが、新しいテーマだとほとんどいません。でも、会社としてやらないといけない場合、外部人材であればピンポイントで支援を受けられる点が魅力的です。外部の専門人材を上手く活用できるようになれば、組織課題を除いて、解決できない問題はなくなるのではないかと思います。
――個人の働き方についてもお伺いしたいのですが、雇用以外の働き方の 選択肢を検討するうえで、何が重要だと思いますか?
パーパスが近しい表現になると思うのですが、自分自身の提案書を作ることが大切だと思います。履歴書・実績集・作品集ではなく、自分は何者で、何ができて、どのようなことを大切にしているのか、どのような仕事に関わっていきたいのかなどをまとめたものです。会社員として副業で働いていい時代に、あえて独立した人ならば、何をしたいのかという強い意義があるはずです。
これは案件が増えたときに、何のために働いているのかを振り返るツールとしても活用でき、本当に大切にしたいことを維持することにもつながります。
――雇用以外の選択肢の場合、案件数によっては収入が減るかと思いますが、案件を安定的に獲得するためにできる工夫があれば教えてください。
独立する場合であれば、頼れる仲間・意味があるつながりをどれだけ築けているかが大事だと思います。
独立前から名刺を配ったり、プレゼンしたり、SNSや飲み会で交流を深めたり、やり方は色々ありますが、自分が「独立します」と伝えたときに、案件がもらえる関係性が築けていないと、正直厳しいと思います。それこそ、会社員時代に、いい仕事をするしかないですね。
――会社の看板が外れた後も、案件を依頼される関係であるかどうかは、どのように判断すれば良いでしょうか?
会社員のときから、「(雇用ではなく)一緒に仕事がしたい」とオファーが来るかどうかですね。
雇用に関係なく、短い時間でも一緒に働くことに価値を感じてくれている企業の担当者であれば、たとえ今ある会社の看板が外れたとしても、評価は覆らないと思います。逆にいうと、そういった声がかからない方に独立はおすすめしません。
――最後に、久米村さんの今後の目標について教えてください
DATAFLUCTの代表として、データビジネスとしての会社を大きくして、多くの実績をつくっていくことですね。理由は主に2つあって、1つ目は大手企業のデータを扱うことが多いため信頼される会社にしたいという点です。実績が増えれば、信頼されるようになり、更なる大きな仕事につながっていくのが商いの基本だと思っています。
2つ目は、色々な会社とコラボして、多種多様な事業を変革していき、その結果、社会課題を解決したいという点です。独立時からずっと変わっていなく、多くの伝統的な企業の変革を陰で支えていきたいと思います。
取材後記
今回の取材を通じて感じたのは、外部人材は雇用よりも主体的な価値発揮ができるという点です。企業は存続するために利益を追求する必要がありますが、外部人材は社会課題の解決や自分自身が興味のあるテーマに心血を注ぐことができます。一方で、企業に外部人材を育てる余力がないことも多いため、業務遂行に問題が発生すると、契約を打ち切られるというシビアな面もあるのが特徴です。継続的な価値発揮をするためには、幅広い案件に触れ、知識やスキルを定期的にアップデートしていくことも大切でしょう。
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