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都市部で活躍するビジネス人材が地方企業の事業成長を促す、「鳥取県で週1副社長」とは

とっとりプロフェッショナル人材人材戦略拠点 松井太郎

都市部大企業の副業解禁や、新型コロナウイルスの流行に伴うリモートワークの普及によって、副業・兼業が新たな働き方の一つとして注目を集めています。

一方、人口減少が大きな課題となっている地方では、移住・定住推進や関係人口の創出が急務であり、副業・兼業を通じた都市部人材の確保、つまり「地方副業・兼業」がその手段の一つとして期待されています。都市部人材と地域企業のマッチングを支援すべく、「副業・兼業人材活用事業」に取り組み始める地方自治体は少なくありません。

地方自治体による都市部人材と地域企業のマッチング支援には、どのようなものがあるのでしょうか。前編の今回は先進的事例として鳥取県の「週1副社長プロジェクト」を取り上げます。

鳥取県では2019年より「鳥取県で週1副社長」をキャッチコピーに、都市部人材と県内企業を副業・兼業でマッチングする取り組みを開始。開始初年から大きな話題を呼び、高度な専門性や豊富な経験を有する都市部人材を数多く誘致してきました。

お話をお伺いするのは「週1副社長プロジェクト」を推進する、とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点の戦略マネージャー・松井太郎さんです。

初年度から1300名超の応募。撤退危機を乗り越え辿り着いた「副業・兼業」

――まずは、松井さんが戦略マネージャーを務め、「週1副社長プロジェクト」を推進しているとっとりプロフェッショナル人材戦略拠点について教えてください。

「プロフェッショナル人材戦略拠点」は、内閣府主導のもと、2015年から東京を除く46都道府県に設置された組織のことです。県内企業が販路拡大や新商品開発に積極的に挑戦できるよう促すとともに、その実現に欠かせないプロフェッショナル人材のニーズの掘り起こしと、民間の人材会社や都市部大企業との連携を行っています。

鳥取県がプロフェッショナル人材戦略拠点を開設したのが2015年11月。私は2016年1月に戦略マネージャーとして着任しました。

「週1副社長プロジェクト」が始まる前年の2018年には、地方版ハローワーク「鳥取県立ハローワーク」の全県展開に伴い「とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点」を一体化。県立ハローワークの無料職業紹介機能と、とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点の人材スカウト機能を組み合わせた、独自のプラットフォームを構築しています。

――ありがとうございます。松井さんの着任から「週1副社長プロジェクト」のスタートまでは数年ありますね。プロジェクト開始に至った経緯を教えてください。

「週1副社長プロジェクト」の形に辿り着くまでは4年ほどかかっています。最初のうちは正社員の移住就職による都市部人材の誘致を進めていました。当初の3年間で県内企業700社ほどに伺って経営者と面談してきましたが、結果は散々。年に10件ほどしか成果を出せなくて、県からプロフェッショナル人材戦略事業の撤退の話が二度も出てしまうような状況でした。

県内企業も販路拡大や新商品開発の必要性は理解していますし、経営課題を見過ごしたいわけではありません。それでも都市部人材の受け入れに消極的なのには、優秀な都市部人材をフルタイムで雇う余裕がないという厳しい現実がありました。課題はあってもフルタイムで雇うとなると毎日任せる仕事はありませんし、相応の給与を支払う資金もない。移住就職は、県内企業に大きな負担を想像させてしまっていました。

――移住となると、個人側もハードルが高そうです。

そうなんです。都市部で培ってきたキャリアも生活基盤も手放して鳥取に来るのは、相当難しいですよね。

だからといって、何もせずにいれば県内企業は成長機会を失い続けてしまう。このままではいけないと考えを巡らせるなかで辿り着いたのが、副業・兼業という形でした。いきなり移住するのはハードルが高くても、副業・兼業であればライトに都市部人材を誘致できますし、関係人口の創出にもつながる。解決してもらう経営課題をピンポイントに切り出せれば、企業の負担も抑えられるだろうと考えました。

しばらくは私の個人的な人脈から、副業・兼業人材として働いてくれる方を募っていて。そこで少しずつ成果を実感できたので、事業としてチャレンジしようと始めたのが2019年です。

――成果はいかがですか。

初年度の2019年は14社16求人に対して約1300名超の応募があり、14社25人がマッチングしました。少しずつ軌道修正しながらも、毎年プロジェクトを続け、求人数・応募数・マッチング数ともに着実に成果を伸ばしています。

――素晴らしいですね。都市部人材の誘致はどのようにされているのでしょうか。

オープンな誘致の方法として民間の人材会社との連携があります。人材会社が運営するウェブサイトに鳥取県のページを設置し、求人募集するという仕組みですね。2020年からはパーソルキャリアが運営する地方副業マッチングプラットフォーム「Loino」と連携しています。年4回、一度につき2週間という掲載期間を設けてメリハリをつけながらも、通年で募集できるようパーソルキャリアさんにご協力いただいています。

そのほか、都市部大企業の人事部にも直接アプローチしていて。副業・兼業に興味がある社員向けに説明会を開いたり、県内企業の課題を解決できる方がいらっしゃれば面談を設定したりしながら、ピンポイントでも都市部人材の誘致を行っています。

地域企業にノウハウが蓄積される、伴走支援型の人材活用

松井太郎

――プロジェクト成功の要因は、どこにあるとお考えですか。

一つは、報酬を安価に抑えたことだと考えています。「週1副社長プロジェクト」に求人を出す企業は中小零細企業が多いので、大きな負担とならないよう、月3~5万円ほどの報酬と設定しています。

プロジェクトを始めた2019年は3~5万円と明確に謳っていなかったこともあり、人材側から高額な報酬を提示されてしまった企業もあったようです。報酬のミスマッチが原因で受け入れを諦める企業が出ないようにと、翌年以降は報酬を明記し、本業のコンサルティングと差別化する意味でも「地方副業」であることを明確に打ち出すよう変えていきました。

「本当にその金額で人が集まるのか」と聞かれることもありますが、逆説的に、お金だけを目的にせず地域に貢献したいと考える方からの応募が増えるようになりました。また、報酬が高いと応募者・受け入れ企業ともに「成果を出さなければ」とプレッシャーを感じますが、安価に抑えたことで気負わずにチャレンジできるようになったと思います。

――なるほど。資金面だけではなく、心理的負担も抑えられるのですね。

都市部人材を副業・兼業で「経営者に伴走支援する人材」として招き入れたのも、鳥取独自の取り組みであり、本プロジェクトが県内企業や都市部の大企業に受け入れられた要因の一つだと思います。

たとえば公園に人を呼ぶため、新しいペンキでベンチを塗り替えたいとなったとき、ペンキを塗ってくれる人を募集するのが他県です。しかし鳥取県が募集するのはペンキを塗る人ではなく、「何色を塗れば人が集まるか?」という問いに助言をくれる人であり、ペンキを塗るのは経営者自身なのです。

どちらが良い悪いという話ではなく、ケースバイケースで使い分けられるのがベストです。しかし、伴走支援型の場合、支援を通して副業・兼業人材からノウハウや知見の共有を受けられるため、受け入れ企業の資産として蓄積されていく大きなメリットがあります。

また、人材を送り出す都市部の大企業としては、社外でしかできない経験をしてきてほしいという本意があります。そのため、副業・兼業で経営者と向き合い、経営者の視点や思考を学べる環境に社員を送り出せる伴走支援型は、都市部大企業の賛同も得られやすいスタイルでした。

――マッチングの事例を教えてください。

「いなばハウジング」の事例をご紹介します。

いなばハウジングさんは地元・鳥取県に根付いた地域密着型の工務店です。過疎化が進む地域においてビジネスを拡大するには、顧客を若年層まで広げる必要があると考え、SNSによる集客に挑戦したいという課題を持っていました。しかしSNSには疎く、なかなか実践できていなかったそうです。

その課題に対してマッチングしたのが、大手不動産ディベロッパーにて投資家向け広報や経営企画を担当されているAさん。TwitterやInstagramの仕組みといった基礎知識、ターゲット層やセグメントの絞り方といった具体的な部分まで、Aさんからは多岐にわたるアドバイスをもらったそうです。教えていただいたことをもとに、いなばハウジングの社員自らSNS投稿を始めていきました。まさに伴走支援型のケースですね。

Twitter・Instagramのフォロワーを、それぞれ1000人獲得することを目標にスタートしましたが、その目標は半年経たずに達成したそうです。

――プロジェクト開始から短い期間で素晴らしい成果ですね。

でも実は、Aさんとマッチングするまでには紆余曲折もあって。というのも、募集開始後9名から応募がありましたが、どう対応すればいいのか分からず、アクションを起こせずに悩んでいたそうなんです。そこで当拠点のサブマネージャーがフォローに入って、アドバイスさせていただきながら人材を絞り込み、無事にマッチングすることができました。

――プロフェッショナル人材戦略拠点もマッチングに関わるのですね。

最初に申し上げた通り、鳥取県では県立ハローワークの無料職業紹介機能と当拠点の人材スカウト機能を併せ持った、独自のプラットフォームを活用しています。そのため求人企業の進捗状況も分かりますし、マッチングにも一定レベルまで関与できるという、他県にはない強みがあります。

いなばハウジングさんのように、マッチングを進めるうえで仲介者のサポートが必要なケースは少なくありません。また、マッチング後も具体的にどうやって進めていくかフォローできないと、本当の意味での成果は出せないと考えていますので、受け入れ企業さんとは積極的にコンタクトをとるようにしています。

質を上げ、プロジェクトをさらに面白く

松井太郎

――2019年のプロジェクト開始から、4年が経過しました。県内企業や都市部人材の反応はいかがですか。

県内企業については、すでに副業・兼業人材を受け入れた企業が成果を実感し、他の企業に紹介してくれるケースが増えていて。我々の活動以外のところで、自然と受け入れの輪が広がっていくような、理想的な状態が生まれてきているような気がします。

副業・兼業人材からは「仕事をきっかけに仲良くなったので、今度鳥取に遊びに行きます」という声が聞こえるようになりました。また、マッチングしたあとに「金銭での報酬はいらない」と言って、その代わりに鳥取の名産品などを望まれる人もいらっしゃいますね。

我々も「地域への貢献性や関わりを重視してくれる方」を求めてはいましたが、想定以上に地域や県内企業とのつながりを大切にしてくださっていると感じて、嬉しい限りです。

――プロジェクトは今年で5年目を迎えます。徐々にフェーズも変わっていくと思いますが、今後、新たに取り組みたいことはありますか。

今後は事業の持続可能性をより高めるために、フロー型からストック型のモデルに変えていきたいと考えています。ビジネスSNSのようなプラットフォームを用意し、新たな案件のお知らせをしたり、県内企業と交流ができたりといったことがあれば、一度でも鳥取県に関わってくれた人と関係人口のパートナーとして長期的につながりを持つことが可能になります。

また、鳥取は課題先進県といわれているのをご存知ですか? たとえば高齢化率。東京は2045年に高齢化率が30%を超えると予想されていますが、鳥取は2021年に早くも30%を超えました(※)。今後もきっと、他県に先駆けてさまざまな課題に直面していくのだろうと思います。

都市部人材と関わることで業務の困りごとが解決するのはもちろん、そこで受け取った学びと刺激が、地域の未来を考える機会や糧になってほしいと思いますね。

(※)参考:「令和4年版高齢社会白書」より第1章第1節4 地域別に見た高齢化/内閣府

――企業の経営課題解決を超えた、新たな成果が生まれそうですね。

これまでは都市部人材と経営者のマッチング数を目標として追ってきました。しかし、今後もただ数を追い続けるだけでは、面白くないのではないかと個人的には感じています。

マッチング数が一つの指標であることは変わりませんが、今後はそれに加えて質の向上も追い求めたい。そのためにも、経営者、従業員、都市部人材、都市部企業、それぞれとの接点をこれまで以上に増やしていき、プロジェクトの新たな可能性を探っていきたいです。

地方副業・兼業に関するインタビューの後編はこちら
取材後記
地方の人材不足は深刻であり、それゆえ、地域企業は新たな挑戦をしにくい状況に陥っています。しかし「週1副社長プロジェクト」のように、契約形態を工夫したり募集方法を見直したりなど、工夫次第ではこれだけ多くの都市部人材を誘致でき、企業の経営課題を解決できるというのもまた事実です。

今、多くの地方自治体がそれぞれの個性を生かしながら都市部人材の誘致・活用に乗り出しています。人材不足や経営課題に悩む企業にとっても、都市部人材の活用を検討してみる時期が訪れているのではないでしょうか。
and HiPro編集部
パーソルキャリア株式会社
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