事業承継とは? 方法と基本的な流れ、利用できる税制・補助金をわかりやすく解説
日本の全企業のうち中小企業は9割以上を占めます。現在、中小企業は経営者の高齢化が進み事業承継が大きな課題となっています。
後継者の育成には数年かかることもあり、事業承継を先延ばしにするうちに事業が不測の事態に陥ってしまうケースもあとを絶ちません。日本の経済と社会を支える、雇用や技術を未来へつなぐためにも、経営者自らが率先して取り組むことが大切です。
本コラムでは、事業承継の基本的な流れや事業継承との違い、事業承継の方法、利用できる税制や補助金を解説します。
事業承継とは?
事業承継に関する基本事項をご紹介します。
事業承継とは経営権を後継者に継ぐこと
中小企業庁では、事業承継を以下のように説明しています。
「事業承継」とは、会社の経営権を後継者に引き継ぐことです。
出典:マンガで分かる「事業承継」(中小企業庁「ミラサポplus」)
自社の存続はもちろん、中小企業の技術や雇用を守るためにも事業承継は非常に重要な経営課題です。
中小企業では、経営者の高齢化が進んでいます。現在、経営者の年齢のピークは60〜70代とされており、高齢化が深刻化しています。また、後継者不在率は70代の経営者でも約40%と高い水準です。
後継者の不在状況は深刻といえるでしょう。
出典:事業継承を知る(中小企業庁)
バイタリティのあるシニア世代も多く、事業承継は「まだまだ先の話」と考えている経営者は少なくありません。企業の規模にもよりますが、後継者の育成には時間が必要です。事業承継が順調に進まなければ、事業の継続すら困難になる事例もあります。
事業承継は経営者にとって「現場から退く」ことを意味するため、周囲からすすめられる機会は少ないかもしれません。そのため、経営者自身がその必要性に気付き、計画的に準備を進めることが重要です。
事業承継と事業継承との違い
事業承継と間違われやすい言葉が事業継承です。
「承継」と「継承」は、いずれも「受け継ぐ」という意味を持つ言葉です。
「継承」は権利・財産・義務などを受け継ぐという意味合いが強く、一方「承継」は身分・精神・仕事・事業など、企業の理念や文化など形のないものも引き継ぎの対象になると認識される傾向にあります。
こうしたニュアンスの違いから、一般的には「事業承継」が使われています。たとえば、事業の引き継ぎに関連する法律や政府による施策でも、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」や「事業承継税制」のように、「承継」(事業承継)が使用されています。
事業承継で引き継ぎの対象となるもの
次に、事業承継で引き継ぎの対象となるものについて解説します。一般的には、「経営(人)」「資産」「知的資産」の3つが構成要件です。
経営
経営の承継とは、経営権を引き継ぐことを指します。後継者の選定や育成、教育などを行ないます。後継者の育成には時間がかかるため、余裕を持って準備を進めることが重要です。
これまで中小企業では同族経営でカバーしていた側面もありました。しかし、後継者が見つからず、そのまま廃業とならざるを得ないケースも増えています。
資産
資産には、自社の株式や事業用資産(工場や機械などの設備、事務所や店舗といった不動産など)、資金(運転資金や借入等)などがあります。国や自治体から許認可を得ている事業では、許認可も事業承継の資産の一つです。
知的資産
知的資産は、目には見えない無形の資産を指します。
具体的には、経営理念のような抽象的なものから、知的財産権(特許権や実用新案権など)や営業秘密、従業員の技術やノウハウなどです。経営者の信用や取引先との人脈、顧客情報も知的資産といえるでしょう。
事業承継の方法とそれぞれのメリット・デメリット
事業承継は、「親族内承継」「社内承継」「M&A」の3つに分類されます。それぞれのメリット、デメリットを把握しておきましょう。
親族内承継
親族内承継は、現経営者の子どもなどの親族に事業を承継する方法です。
メリット
- 早い段階から後継者の目星がつけられるため、育成に時間をかけられる
- 社内外の関係者から比較的、受け入れられやすい
- 財産の承継に関して、所有と経営の分離を回避できる
デメリット
- 親族内に適任者がいない場合もある
- 相続人が複数いる場合、後継者の決定や経営権を集中できない場合もある
社内承継
社内承継は、親族以外の役員もしくは従業員に事業を承継する方法です。
メリット
- 後継者も企業や事業に精通しているため、スムーズに承継できる
- 経営者としての素質や適性を見極められる
デメリット
- 後継者候補に株式取得等の資金力がない場合、資金調達が課題になる
- 個人債務保証の引き継ぎに抵抗感を持たれ、辞退されるケースがある
M&A
親族や従業員など身近に適任者がいない場合、M&Aで第三者に事業承継する方法も検討できます。
M&Aとは「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」の略で、企業同士の合併や買収を指し、広義の意味では提携までを含めてM&Aとされています。
メリット
- 後継者を外部から広く求められる
- 企業の経営基盤が強化され、事業の継続や拡大が見込まれる
- 個人保証の解除や、現経営者は企業売却の利益を得られるなど金銭面のメリットがある
デメリット
- 希望の条件を満たす買い手が見つかるとは限らない
- 売却後は経営に経営方針を委ねなければいけない
- 従業員や取引先に対して十分な説明を行い、理解を得る必要がある
「親族内承継」「社内承継」「M&A」いずれの方法にも、メリット・デメリットがあります。自社の状況を鑑みながら、慎重に事業承継を進めていきましょう。
事業承継の基本的な流れ
事業承継は企業の規模や、誰に引き継ぐかによってもプロセスが異なります。ここでは事業承継の基本的な流れを解説します。
1.現状把握
現状を把握し、経営状況や課題を可視化しましょう。
会社の強みや弱みを整理して課題を洗い出したり、財務状況や経営資源を明確化したりすることで、事業・資産・財務の可視化を進めていきます。可視化には「ローカルベンチマーク」と呼ばれる企業の経営状態の把握や分析ができるツールや中小会計要領、知的資産経営報告書などが用いられます。
同時に、事業継承における現状把握も進めていくと良いでしょう。後継者候補の有無の確認、後継者候補の能力や適性の確認、後継者候補がいない場合はM&Aの検討などを行います。
2.事業承継に向けた経営改善
現状の可視化が済んだら、次は事業承継に向けて経営課題の改善に取り組みましょう。これは一般的に「磨き上げ」と呼ばれています。
経営状況が思わしくなかったり、多くの負債を抱えていたりする状態では、後継者候補は「引き継ぎたい」と思えないでしょう。魅力がある会社となり、後継者候補が納得して事業継承を決断できるようにするためにも、磨き上げは欠かせません。
企業の磨き上げには大きく分けて、事業の磨き上げと組織の磨き上げがあります。
事業の磨き上げ
業務フローを改善し生産性を高める、技術力やノウハウを強化し競争力を向上する、新たな販路の開拓などが挙げられます。
組織の磨き上げ
組織体制を見直して後継者がスムーズに事業を続けられる体制を構築する、経営者に権限が集中している場合は権限を委譲して経営リスクを分散する、マニュアル等を整備し業務効率を高めるなどが挙げられます。
事業再生手続き
補足として事業再生手続きがあります。自社が多額の債務や不採算事業を抱えており、民事再生や私的整理などが必要な場合には、専門家に相談して迅速に事業再生手続きを進めるといった方法があります。
3.事業承継計画の策定・マッチングの実施
子どもや親族、従業員内で事業承継する場合は、現経営者と後継者でじっくり話し合い、事業承継計画を策定しましょう。事業承継の時期や対策だけでなく、経営の可視化によって明らかになった課題をもとに、企業の将来を見据えた中長期の道筋を描いていきます。
経営者や後継者の経営理念、後継者や従業員に伝えておくとよい知識やノウハウなどを盛り込んでも良いでしょう。
M&Aの場合は、合併または買収相手を探しながら売却条件を検討します。M&Aには法律や税務など専門的な知識が求められるため、金融機関や仲介業者などに相手候補とのマッチングを任せることが一般的です。
4.事業承継の実施
経営権の移譲をおこなう実行段階では、必ずしも計画通りに引き継ぎ作業が進むとは限りません。そのため、事業承継計画を随時、修正したりブラッシュアップしたりしながら進めていきます。
なお、実行の段階では税負担や法的な手続きなども必要となるため、弁護士や税理士など専門家の協力を仰ぐことも視野に入れるとよいでしょう。
M&Aでは、対価の支払い・自社株の継承などを最終契約の内容に沿って進め、クロージングの手続きを行います。
事業承継で利用できる税制と補助金
最後に、事業承継で利用できる税制や補助金を紹介します。
※2023年2月現在の情報です。
事業承継を支援する法律の一つに、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」があります。この法律により、適用要件を満たすことで課税への特例(事業承継税制)や遺留分に関する民放特例、金融支援などが受けられます。
事業承継税制
事業承継税制とは、後継者が事業承継のために非上場株式等を先代経営者等から贈与・相続により取得した場合、一定の要件のもと、贈与税・相続税の納税が猶予または免除される制度です。
ただし、事業承継税制の適用には、「中小企業の経営における承継の円滑化に関する法律」に基づき、都道県知事の認定を受ける必要があります。
なお、2018年度の税制改正により、10年間の限定措置として要件が緩和されました。2019年の税制改正では、個人版事業承継税制も導入されています。
事業承継をする際に使える補助金
事業承継に関連する補助金に関して、代表的なものを紹介します。
事業承継・引継ぎ補助金
事業承継・引継ぎ補助金は、事業承継に関する取り組みを行う中小企業や小規模事業者を対象に、取り組みにかかる経費の一部を補助する制度です。申請類型は以下のように構成されており、類型ごとに補助上限額が異なります。
【事業】 | 【類型】 |
経営革新事業 |
Ⅰ型 創業支援型 Ⅱ型 経営者交代型 Ⅲ型 M&A型 |
専門家活用事業 |
Ⅰ型 買い手支援型 Ⅱ型 売り手支援型 |
再チャレンジ事業 | 廃業・再チャレンジ |
小規模事業者持続化補助金(一般型)
小規模事業者持続化補助金は、商工会議所の管轄地域で事業を営んでいる小規模事業者等を対象とした制度です。小規模事業者等の持続的な経営に向けた経営計画にもとづく販路開拓や、業務効率化の取り組みなどの支援を目的として、その経費の一部が補助されます。
小規模事業者持続化補助金では、以前から審査の基準に「事業承継加点」が設けられています。また「後援者支援枠」も設けられています。
まとめ
当コラムでは、事業承継の方法や流れのほかに、税金や補助金などの制度についてお伝えしました。あらためて要点を整理します。
- 事業承継の方法には「親族内承継」「社内承継」「M&A」があり、いずれにしても後継者の選定と育成が要になる
- 事業承継に向けては、経営状況の可視化と企業の磨き上げが重要。 国や自治体では税制や補助金を通して、事業承継やそれに伴う新たな取り組みを支援している
当コラムが、事業承継を検討する際の一助になれば幸いです。
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