第三期 相互副業実証実験成果報告 ~実施企業から見た相互副業による効果とは~

日本たばこ産業株式会社
人事部 課長代理 霜野 翔太
キリンホールディングス株式会社
人財戦略部 長嶋 亜美
タレントシェアリング事業部 HiPro Biz統括部 ゼネラルマネジャー 山田 聡

2022年から「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」にて相互副業の実証実験を開始し、現在第三期を迎えています。これまでに計28社114案件128名のマッチングが実現、相互副業が誕生しました。今回は相互副業を実施した、日本たばこ産業株式会社 人事部の霜野 翔太氏、キリンホールディング株式会社 人財戦略部の長嶋 亜美氏に登壇いただき、相互副業の内容、取り組むにあたっての課題や葛藤、得られた成果や今後の展望などについてお話しいただきました。

意義のある取り組みだからこそ、まずは一歩進めてみることが大事

山田:本セッションでは、実際に相互副業の実証実験に参加された企業による生の声をお届けできればと思います。霜野さん、長嶋さん、本日はよろしくお願いいたします。今回の実証実験では、JT様にキリン様の社員が副業として参画されたと伺っています。まずは、JT様においてどのような案件で募集をされたのか、背景も含め教えてください。

霜野:当社には、キリン様から2名の方にお越しいただきました。一つは新規事業部のマーケティング支援の案件、もう一つは障がい者の雇用支援の案件です。

山田:それぞれの案件に共通点などはあったのでしょうか。

霜野:はい。私たちは今回初めて相互副業の実証実験に参画したのですが、案件を募るにあたり、副業者を受け入れる目的を社内で協議したところ、期待したいことが二つ出てきました。一つは、他社のさまざまな知識、知見、経験をお借りしたいということ。もう一つは、重要度が高い一方で優先順位が低くなりがちな課題について、力をお借りして進展させていきたいということでした。

山田:重要度が高く優先度は低い、という点は大変興味深いですね。既存の社員の方々がなかなか手をつけられずにいる領域に外部の人材を受け入れることで、実際にプロジェクトとして進んだという手応えはおありでしょうか。

霜野:はい、進みました。キリン様からの副業者を受け入れた部署の社員からは「継続したい」「相手の方さえよければもっとやりたい」といった声も上がっていていますし、参画いただいた副業者の方とは、期間終了後も継続的にコミュニケーションをとりながら今もつながっています。非常に有意義でしたし、価値があったと思っています。

山田:キリン様から優秀な社員の方を送り出していただいたということですね。一方、優秀な人材が他社の業務に従事することで生じる労働時間の問題、その他さまざまなリスクについて、懸念される声もあると思います。いかがでしょうか。

長嶋:当社は2020年に副業を解禁いたしまして、その際に、労働時間や適切なはたらき方について労働組合、社員と深く話し合いをして解禁に踏み切っています。そのため、ある程度の仕組みが構築できていると思います。

山田:今回はどのような社員を対象に、副業への参加を募られたのでしょうか。

長嶋:当社は相互副業の実証実験に第一期から参加していますが、第二期より副業解禁をしているグループ社員全員に案内し、オープンに手を挙げてもらっています。まさにこの取り組みのメインの目的である「自律的なキャリア形成」、自ら一歩踏み出してもらうきっかけにしていただきたいと思っています。

今回、JT様のプロジェクトに参画した2名については、志望理由がそれぞれ違っているのが興味深いところでした。まず、マーケティング支援の案件に参画したのは営業を専門とする社員です。「違う領域、違う業種で腕試しをしたい」「自分の可能性を見てみたい」というチャレンジ精神で応募しています。人事支援の案件に参画したのは、もともと私と同じ人財戦略部のメンバーで、「自分の専門性を活かせる」という理由で応募しています。それぞれ志望の理由は異なりますが、共通していることは、副業自体ほぼ初めてということです。応募してくる社員の8割以上が副業は未経験ですね。

山田:何名ぐらいの応募があったのでしょうか。

長嶋:約50名です。これが多いのか少ないのかは考え方次第だと思いますが、自律的なキャリア形成をするために一歩踏み出している社員が50名もいるということが重要であり、そのような社員が増えていくこと、また彼らが別の機会でも自律的キャリア形成を発揮していくことが大事であると捉えています。

山田:50名は非常に多い印象です。JT様では、キリン様からの副業者の受け入れだけではなく、別の企業様へ副業者の送り出しもされていますよね。JT様では何名の応募がありましたか。

霜野:当社は今回が初めての相互副業ということで、全体には開示せず、コーポレート部門の500名弱の社員に限定して募集をかけ、6名の応募がありました。

山田:最初から全社には広げにくいというような事情もあったのでしょうか。

霜野:人材を送り出す事業部側からは「人が足りない」「忙しい」「もっと自社の仕事をしてほしい」という声が少なからずありました。ただ私たち人事としては、まず一歩進めてみる、そしてこの取り組みには意義があるということを、成果として残してくことが大切だと考えています。次回以降も参加したいと思っていますし、今後はキリン様のようにたくさんの応募がくるよう、社内に浸透させていきたいと考えています。

長嶋:実は当社も一期目は同じでした。やはり最初はオープンにはできなくて、JT様と同様に人事側で選抜しながら始めたという経緯があります。二期目に際してもさまざまな課題がありました。副業をやったことがないという応募者がほとんどで、社内の副業に関する制度やルールに馴染みもなく、私たち事務局側としても、そうしたことを細やかにお伝えしながら進めていきました。本当にステップを進めるごとに、一つひとつ課題を社員と一緒に乗り越えてきていると思っています。

心がけたのは、副業未経験者の背中を押す、柔らかで前向きな情報発信

山田:新しい取り組みをする際、何も障壁がないということはないと思います。相互副業を始めるにあたって、人事として困難や葛藤を感じた場面、または推し進めるにあたり重視した点などがあれば、お伺いできますでしょうか。

霜野:当社の場合は、キリン様が相互副業をされているということをメディアで拝見して、私も人事担当としてぜひ取り組まなければと焦りを感じました。そのような中で、部内の上長に「こんな取り組みがあるからやりましょう」と提案しながら、まず一歩を踏み出さないと何も進まないと感じていました。そこをやりきれるかどうかは、担当者の意思がとても大切だと思います。私自身、いろいろな企業様にお話を伺って、その情報を会社にしっかりアプローチしていったということ、それがこの相互副業を進められた一つの要因だろうと思っています。

山田:いきなり広げ切るというのは難しいところがあるだろうと推察します。キリン様は二期目から全社に広げていますね。社内からの風当たりなど厳しいものはあったのでしょうか。

長嶋:私が人事担当としてこの取り組みに参加したのは二期目からで、それまでは、企業ブランディングや広報のような担当をしていました。そういう意味では人事的な発想にとらわれず、せっかく素晴らしい機会だから広く知ってもらえればと考え、思い切ってオープンにしてしまいました。

そのときに気をつけたことは、人事が社員にどう見られているかということです。あまり堅く伝えてしまうと、受け手の社員も「何か大変なことが始まった」「これは受けないといけないのだろうか」と大袈裟に捉えてしまうかもしれないと思いました。そこでチームでも相談して、少し柔らかいトーンで「募集していますよ」「こんな楽しいことがありますよ」「やってみませんか」という伝え方をしたり、プロジェクトのタイトルも「ちょっと踏み出してみないか」という要素を盛り込んだりしました。

ターゲットは副業をやったことがない人たちです。「やってみたい気持ちはあるけれど、なんだかちょっと踏み出せない」。そういう方にどう伝えたら心が変わるだろう、そんな想いを言葉に込めて語りかけるように工夫しました。

山田:身構えすぎず前向きなものだということを企業の中で浸透させながら、オープンにされたというところが、素晴らしい取り組みですね。

キャリアオーナーシップの推進、組織力の向上、専門性と多様性の高まり。相互副業には多くのメリットがある

山田:では最後に、今後の展望や、相互副業・越境学習に対して望むことなどをお伺いしたいと思います。

霜野:先ほど長嶋さんも「自律的なキャリア形成」とおっしゃっていましたが、当社でもやはり「個の自立」というものを非常に大事にしています。ですから、この取り組みを通じてキャリアオーナーシップをしっかりと高めていきたいと思っていますし、そのためには全社的に取り組めるように、まい進していきたいと思っています。

どこの企業でも「優秀な人材とはたらきたい」と採用を頑張ったり、人材の確保に注力したりすると思いますが、「個の自立」を大切にしようとすると、一方で自社に留めておくことの難しさと直面することになると思います。今後は、それがより加速していくでしょう。ジョブ型雇用の導入もその一つですよね。そうした中で、会社の魅力をしっかり訴求していくだけでなく、まさに相互副業の取り組みのように、より多様なはたらき方に柔軟にアジャストできる組織の体制・組織力というものをいかに高めていけるかが大事だと思っています。そのサポートや支援を人事部として今後も取り組んでいきたいと考えています。

山田:社員に選ばれる会社である必要があり、その取り組みの一つとして相互副業がある、ということですね。長嶋さんはいかがですか。

長嶋:霜野さんのおっしゃった二点はまったくその通りだと思います。その上で、少し別な視点で申し上げるとすると、当社は人的資本経営のキーワードとして「専門性」と「多様性」を掲げていて、これを両輪として人が育っていくことを目指しています。その意味では、相互副業にはそれぞれメリットがあると感じています。

まず専門性については、先ほどの当社社員のように、自分の専門性を試してみたいと副業に応募する。その結果、より磨かれて帰ってくる。もしくは足りなかった部分を、自分が体験することで改めて知ることができる。たとえば、副業先の担当者に面談をしていただくことは、自分のこれまでの経験やキャリアを“棚卸し”することでもあります。これは社内でもぜひやってほしいことですが、面談の前に自分の上長と「ものすごく話した」と言っていました。そのような緊張感をもって自分の棚卸しをしたときに、改めて気付けることがあるはずで、自分を高めるきっかけにしてほしいと思います。

多様性については、二つありまして、一つは自分の中にある多様性を高めていただくことです。今回参画したメンバーが「社内では通じる言葉が通じなかった。やり方が違うので相手の話をしっかり聞かないと仕事のアウトプットにつながらず、最初はそれを遠回りだと思ったが、結果的には近道だった」と言っていました。やはり組織の枠を超えて自分の持てるものをどう発揮するかという経験は、自分の中の多様性を広げることにつながります。

一方、受け入れる側としては、外からきた素晴らしい、しかし全然違う言葉を使う人たちとどうやって話せばいいのかということを学ぶ。それも多様性だと思います。専門性と多様性、引き続きここに期待したいと思います。

山田:まさしくセッション1で伊藤先生がおっしゃっていた「知と経験のダイバーシティ&インクルージョン」の一助となればということですね。

ここで会場から質問をいただいています。「改めて今回の取り組みに参画されて、『こんな変化があった』『ここが熱かった』というところがあればお伺いしたいです」とのことです。いかがでしょうか。

霜野:一番大きかったのは「内省」ということだと思います。先ほども話にあったと思いますが、実際に外に出て、自分の会社を客観的に見ることができたということもそうですし、社外の方と一緒にプロジェクトに取り組むことで、今までのやり方と違う部分もあることに気づけた。また、それをしっかり受け止めて、自分自身の中で成長すべきポイントとして課題を明確にできたということが非常に大きかったと思います。

当社からは2名が他社様に副業として参画させていただいていますが、2名とも「もっとこのような機会を増やしていきたい、もっとやっていきたい」と言っていたことが強く残っています。実際、現業に戻ってもさまざまな企業様とパートナーシップを組んでいく、あるいはヒアリングしていくといった越境の行動が増えたように感じています。

長嶋:第二期の実証実験において当社から送り出した社員が、「この体験は素晴らしかったので、社内に広めたい」と行動に移したことがありました。送り出した5名のメンバーが自発的に集まって、「相互副業での経験や学びを自分たちの中だけで消化するのはもったいない」「部署やリーダーに伝えるのはもちろん、全社員に伝えたい。社内にきっと求めている人がいるはずだ」ということで、自ら座談会を行なってライブ配信したんです。良い点はもちろん、駄目だったところや失敗したところも全部明らかにして、「それでもここが楽しかった」「腕試しができた」など多様な意見をオープンに話してくれたんです。私としては、この行動がとても大きな成果だと思っています。言ってみればアンバサダーですね。人事から伝えることも大事ですが、やはり社員の皆さんは、身近にいる誰かが「いいよ」と言ってくれることに対して行動を起こそうとなるように思うので、アンバサダーのような方が出てきたことが、私自身も嬉しく熱いなと思いました。

山田: 相互副業に関しては、それぞれの社員、送り出した側、受け入れた側どちらにも良い影響がありそうという一方で、まだまだ制度的な障壁や改善点があるのかと思います。そこに関しては、人事部の皆様同士でも今後ネットワーキングを作っていただきながら、より良い進め方を共に模索していければと考えています。

霜野様、長嶋様、本日はありがとうございました。

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