IT人材不足の解決と、より多様なはたらき方の実現を目指して。フリーランス人材の活用という選択肢。
日本におけるIT人材不足は以前より問題視されており、経済産業省のデータ※1によれば、2030年には最大約79万人のIT人材が不足すると予測されています。このまま人材不足が加速すれば、今以上にIT人材の獲得競争は激しさを増すと考えられます。
IT人材不足を解消する有効手段として、今注目を集めているのがフリーランスITエンジニアの活用です。高い専門性や経験を持つフリーランスITエンジニアが参画した結果、プロジェクトが大きく進展する事例は少なくありません。
今回はフリーランスITエンジニア専門のIT・テクノロジー領域特化型エージェント「HiPro Tech」のサービス責任者を務める野村 鉄平氏に、IT人材不足の現状、フリーランスITエンジニア活用のメリット、そして「HiPro Tech」の展望などについて伺いました。
「攻め」と「守り」のDXが、IT人材不足に拍車をかける
――IT・テクノロジー領域特化型のエージェントサービスを提供されている野村さんの視点から、IT人材不足の状況はどのように映っていますか?
あらゆる業界で人材不足が叫ばれるなか、IT人材の不足は特に顕著な状況にあると言わざるを得ません。恐らく短期間で改善することはなく、このまま将来にわたって人材獲得の難しさや人材不足感は継続していくでしょう。
その背景には二つのトレンドが影響していると考えます。一つは「攻めのDX」の浸透です。さまざまな企業がDXを進めており、今やITはビジネスにおいて欠かせません。また、生成AIやブロックチェーンといった新技術も次々誕生しています。ビジネスにおけるIT化が前提となるなか、IT人材へのニーズが生まれるのは当然のことです。
もう一つは「守りのDX」です。“2025年の崖”などとも言われていますが、DXが進まなかった場合、企業は大きなリスクを抱えると予測されています。最悪の事態を回避するために、現在、複雑化・ブラックボックス化した既存システムの刷新が急ぎ求められています。ただでさえ母数が少ないところに、DX推進のためにIT人材へのニーズがますます高まっている状態です。現在、IT(通信)エンジニアの求人倍率は11倍※2を超えています。
※2 転職求人倍率レポート(2024年4月)(転職サービス「doda」)
――ITエンジニアの側に視点を移すと、はたらき方に変化が起きていると聞きます。
企業と雇用契約を結ぶ従来のはたらき方に加え、近年はフリーランスに転向するITエンジニアが急増しており、すでにITエンジニア全体の4分の1から3分の1程度がフリーランスとしてはたらいていると言われています。正社員としてはたらく若手のITエンジニアに話を聞いてみると、将来的にフリーランスに転向し独立を希望している人の割合も多く、はたらき方の変化をポジティブに捉えているのがわかります。
フリーランスITエンジニアが増加しているのは、高い報酬を得られやすいことも一つの要因であると考えます。当社の調査によれば、フリーランスITエンジニアの平均月額単価を2022年と2023年で比較すると、8.9万円アップ※3しています。1人のITエンジニアに対して複数の企業からオファーが生じる、求職者にとって優位なマーケットになっていることも、高い報酬となりやすい要因だと思います。
※3 ITフリーランスエンジニアの平均月額単価ランキング(HiPro)
コロナ禍を経て、世の中にリモートワークが浸透したのも、フリーランスへの転身を後押しする状況を生みました。リモートでも問題なく業務を進められる環境が整っていくなかで、フルリモートという条件で案件を出す企業も増えています。また、自分の意志で参画したいプロジェクトを選択できるのは、フリーランスならでは。はたらく場所の制限を受けずにはたらきたい人にとっては、魅力的に映るはずです。
フリーランスなら、優秀な人材をスピーディに活用できる
――実際にフリーランスITエンジニアを活用している企業はどれくらいあるのでしょうか?
現在、フリーランスITエンジニアを活用している企業はIT企業が中心であり、非IT企業での活用は3割程度に留まっています。
活用しない理由を伺うと「フリーランスは(社員ではないから)仕事に対する責任感が薄いのではないか?」というイメージ先行の意見から、「セキュリティに不安がある」「フリーランスとの契約に関連する法律を守るのが大変そう」といった受け入れ側の対応に関する懸念まで、さまざま聞こえてきます。
しかしながら、責任感を持って仕事をするからこそフリーランスとして成立しているわけですし、正社員のみを採用している場合でもセキュリティ対策を行い、法令を遵守しなければならないのは同じことです。
フリーランスITエンジニアの受け入れの理解を広げる難しさを強く感じる一方、ここ1~2年は徐々に、金融機関や自動車メーカーなどでも、運用ルールを明確に整備したうえで、フリーランスITエンジニアを活用する事例も見られるようになってきました。
2024年11月1日にはフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行されます。これまでは良くも悪くも“正社員”に向けて適正化された環境だったため、フリーランス新法の施行によって、フリーランス人材を活用する際の不明瞭な点が明確になる分、企業にとっては活用しやすくなっていくことでしょう。
――フリーランスITエンジニアを活用するメリットはどこにあるのでしょうか?
なんといってもスキルフルな人材が調達できる点に尽きます。フリーランスITエンジニアの多くは、独立する以前、正社員として確かな経験を積み重ね、ハイクラスのスキルを獲得してきていますので、その実力の高さは折り紙付きだと思います。
スピーディにプロジェクトにアサインできるのも魅力の一つ。正社員として雇用するとなると、選考等に時間がかかるケースも多く、実際にはたらき始めるまでに2か月程度かかるのが常です。一方フリーランスの場合、互いの合意があれば、契約後2週間ほどでプロジェクトに参画することも珍しくありません。
また、正社員と比較して、コストを抑えることもできます。短期間での活用も可能ですから、長期雇用を前提とした正社員と比べて、トータルでかかる人件費をおのずと抑えられます。優秀な人材を、素早く、コストを抑えて活用できるのが、フリーランスに依頼するメリットだと言えると思います。
――フリーランスITエンジニアというと、たとえばプログラマーなどが主流なのでしょうか?
もちろんプログラマーもいますが、それだけではなく、DXコンサルタントやプロジェクトマネージャー、PMOといったさまざまな職種のIT人材が活躍しています。 “テックビズ”や“ビズテック”という言葉を耳にしますが、近年は技術を究めるだけではなく、ITとビジネスの両方の知見を有する人材や、コミュニケーション力に長けプロジェクトをよりよく進行できる人材が、求められてきています。フリーランスとして独り立ちするような方であれば、技術力+αの強みを持つ重要性をわかっているだけに、マネジメント力やコミュニケーション力も高い方が多い印象です。
個人と企業の懸け橋となる「HiPro Tech」
――「HiPro Tech」について、改めてどのようなサービスなのかを教えてください。
「HiPro Tech」は、2020年のサービス開始以降、約4年間にわたって完全成果報酬型のエージェントサービスとしてサービスを提供してきました。あくまでも私たちはフリーランスITエンジニアと企業の“ご縁をつなぐ”という役割に徹しており、契約自体は個人(フリーランスITエンジニア)と企業とが直接締結する形式です。当社は契約成立したタイミングで手数料を頂戴しています。
ITエンジニアの紹介サービスの多くは、自分たちが企業(クライアント)と業務委託契約を結び、サービスに登録しているフリーランスITエンジニアに再委託をする「再委託型」です。「HiPro Tech」の立ち上げにあたっては、当初「再委託型」も検討しました。しかし、IT業界には多重下請け構造という悩ましい問題があるなかで、私たちが中間業者として加わってしまうと、構造をさらに複雑にしてしまうかもしれません。だからこそ、シンプルに個人と企業の出会いをつなぐところに特化するサービスとしました。
――利用者の反応はいかがですか?
特に、企業と直接契約できることは、フリーランスITエンジニアから非常に好評を博しています。中間マージンが発生しないことで高額報酬を期待できるほか、「大手のA社と直接取り引きしている」とポートフォリオ等に記載できるため、フリーランスとしての実績づくりにつながるのが大きいようです。
一度契約すると、そのまま1年、2年と継続して活躍する方も多く、中には双方同意のうえ雇用に移行するケースもあるようです。実は当社は契約期間が1年間を超えたら手数料は一切頂戴していません。13か月目以降の契約が取れるのはフリーランス人材と企業の信頼関係の賜物ですし、多重下請けといった構造を少しでも変えていきたいという想いがあるためです。
企業の担当者からは、マッチングの精度の高さに魅力を感じていただくことが多いですね。HiPro Techでは、コンサルタントが企業の求める人物像を深堀りしたうえで、適切な人材をご提案させていただいています。スキルや条件面だけでなく、募集の背景や事業の状況もヒアリングし、「企業が本当に求めていることは何か」を正しく理解することで、マインド面のマッチ度も考慮した、より精度の高いご提案ができると考えています。
――数字としての実績はいかがですか?
2024年3月現在、累積で500社以上、ご縁を結んだプロジェクトは2,500件を越えます。ご登録いただいているフリーランスITエンジニアは1.2万名を越えました。
HiPro Techを活用している企業の半数は、フリーランスITエンジニアの活用が初めてです。前例がないことを始めるまでには、企業規模が大きくなればなるほど時間がかかる傾向にあります。しかし嬉しいことに一度活用いただくと、その後2回、3回と繰り返し利用し続けてくださる傾向にあり、全プロジェクトのうち約7割が、活用2回目以上の企業で占められています。
――野村さんの印象に残っている事例を教えてください。
全国展開している専門用品の小売企業が、長年にわたって蓄積したビッグデータを効果的に利活用しようと、データサイエンティストを採用しようとしていました。しかし、データサイエンティストの採用が難しく、代わりにIT企業に依頼する手段も考えたものの、中間にIT企業が入ることで直接的なコントロールが難しくなることが悩ましかったそうです。
そんな折、「HiPro Tech」の存在を知ってくださり、フリーランスとして活躍しているデータサイエンティストと契約を締結しました。結果的に、データの利活用に関するノウハウを得られプロジェクトが大きく前進するとともに、外部の人材が参画したことによって、社内も活性化されるという予想外の効果が得られました。例えば、以前から開催していたデータの利活用に関する勉強会に関して、同社と契約したデータサイエンティストが改善点を助言したことで、参加者が目に見えて増えるといった効果があったそうです。
正社員という同質性の高い人材が集まる組織に、外部人材の視点が加わることで組織の文化が変わっていく。プロジェクトの進展はもちろん、プラスαの効果を目の当たりにして、サービスを提供する私たちも嬉しい案件でした。
フリーランスITエンジニアの活用を、新たな選択肢に
――IT人材の獲得に苦戦されている企業に対し、「HiPro Tech」としてどのようなことを実践していきたいですか?
1年間ITエンジニアの求人を出し続けているのに、まったく採用ができない――そんな企業の嘆きの声が本当によく聞こえてきます。こうした状況を変えていくためにも、ITベンダーへの発注、正社員の採用、社員のリスキリングといった従来の手法に加え、“第四の選択肢”としてフリーランスITエンジニアの活用を知っていただきたいです。
まだフリーランス人材の活用を“手の内化”できていない企業が多くありますが、そのお手伝いをするのが私たちの使命。「活用してみるまでよさがわからない」という課題がついて回る領域のため、まずは短期間でも体験していただける機会を増やし、また、フリーランスというはたらき方への理解促進などにも取り組んでいきたいと考えています。
――これからの「HiPro Tech」の目標を教えてください。
一つの目標としては、まだ活用実績の少ない非IT企業での活用を増やしていこうとしています。非IT企業がシステム開発等のプロジェクトを進める場合、従来はITベンダーを活用するのが主流でした。しかし、“ベンダーロックイン”という言葉があるように、特定のベンダーに丸投げしてしまい過度に依存した状態が続くと、かえってコストが高くなったり、他社製品への切り替えが困難になったりするなどのリスクが生まれてしまいます。
そのため、近年ではシステム開発を内製化する動きも出ています。すぐにベンダーを切り離すのは難しいと思いますが、依頼するとしても依頼側が適切に手綱を握れるようになるべきです。手綱を握るためのノウハウを獲得するためにも、高い専門性や経験を持つフリーランスITエンジニアに参画してもらうことは、有効な手段となるのではないでしょうか。実際、当社を活用いただけている企業においても内製化を目的として、外部人材を活用頂くケースが増えてきています。
――フリーランスITエンジニアの活用を広めた先に、どのような世界を目指していきたいですか?
企業を主語にするのであれば、フリーランスITエンジニアの活用はあくまで事業やDXを前進させる手段の一つと考えられるでしょう。ただ、私たちがフリーランスITエンジニアの活用を支援していくことで企業の生産性向上を実現していけば、ひいては社会全体を盛り上げることにつながると思いますし、フリーランスITエンジニアの活用自体も当たり前の世界になっていくと考えています。
一方、個人を主語にすれば、正社員とフリーランス、どちらの選択肢も柔軟に選べる世界が実現するのは素晴らしいことだと思っています。フリーランスというはたらき方が今以上に当たり前になり、フリーランスではたらくことに不安がなくなれば、「正社員だけにこだわらなくてもいいんだ」と気づく人も増えるでしょうし、より多様で、より多くの人の幸せの実現につながっていくはずです。
サービス立ち上げから4年。まだまだ道半ばですが、今後全国に支援の輪を広げられるよう、私たちもサービスをよりよく進化させていきたいと思います。
取材後記
企業も短期間での変化を常に求められる中、柔軟な関わり方ができ、かつスキルフルなフリーランスITエンジニアは、企業の成長を促す、確かな存在になると言えそうです。
一方で、なかなか活用が進まない現状に対し、活用を広げる難しさに関して繰り返しお話しされていた様子が印象的でした。「まずは短期間でも」。変化を恐れずスモールステップから始めることが、深刻化するIT人材不足や企業が抱える課題を解決へと導く“光”となるのではないでしょうか。
and HiPro(アンドハイプロ)は、「『はたらく』選択肢を増やし、多様な社会を目指す」メディアです。雇用によらないはたらき方、外部人材活用を実践している個人・企業のインタビューや、対談コンテンツなどを通じて、個人・企業が一歩踏み出すきっかけとなる情報を発信してまいります。
この記事が気に入ったら「シェア」