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「イノベーションを生み出す街づくりを」 森ビルがARCHで取り組む、大企業の新規事業創出支援とは(前編)

森ビル株式会社

2020年4月、虎ノ門ヒルズ ビジネスタワーに「ARCH(アーチ)」が誕生しました。森ビル株式会社が運営する「ARCH」は、世界で初めて大企業の新規事業創出をミッションとする組織に特化して構想されたインキュベーションセンターです。

先行き不透明な時代といわれ、技術革新やグローバル化などによってプロダクト・サービスの短命化が進む現代。新規事業創出に悩みを抱える大企業に対し、ARCHではどのような支援を行い、何を目指しているのか。立ち上げから2年、ARCHの「今」を伺いました。

 

日本の大企業ならではの課題と向き合う

――まずは、インキュベーションセンター「ARCH」を立ち上げられた経緯を教えてください。

森ビルでは「国際新都心・グローバルビジネスセンター」というコンセプトのもと、虎ノ門エリアの開発に取り組んでいます。街づくりの面白いところでもあるのですが、コンセプトを掲げても、見る人それぞれで思い描く「街」は異なるんですよね。さまざまに発想した街の姿を重ね合わせながら開発するのですが、虎ノ門において欠かせないテーマの一つが「イノベーション」でした。虎ノ門をイノベーティブなビジネスエリアとして、東京ひいては世界をけん引するような場所にしたいと考えたときに、この街ならではのアプローチは何かと考えたんです。

考えるにあたり東京を俯瞰して気づいたのは、エリアごとに街の特性があることです。渋谷・恵比寿・六本木エリアにはスタートアップ企業や外資系企業が多く、東京・品川・新宿など山手線沿線には大企業が多い。虎ノ門はちょうどその中間に位置し、隣には霞が関という行政エリアがあります。ならばその地域のポテンシャルを活かして、スタートアップと大企業が交じり合い、かつ行政とも連携しながら、新しいイノベーションを生み出す街にできるのではないかと考えました。そこで、日本で最も多くスタートアップがオフィスを持つイノベーションセンターであるCIC東京を誘致するとともに、大企業向けのインキュベーションセンターARCHを設立しました。

――地域を活かす、という発想が根幹にあるのですね。「スタートアップと大企業が交じり合い」とのことですが、ARCHは大企業への支援に特化されていますね。どうしてでしょうか。

スタートアップとの交流というと、スタートアップが集積する世界でも有数の都市、シリコンバレーを思い浮かべる方が多いではないでしょうか。2010年頃から日本では「国内にシリコンバレーをつくろう」という機運が高まっていて、日本の企業も政府関係者も、こぞってシリコンバレーを視察していました。しかし、日本はアメリカと大きく異なり、資金も、知財も、優秀な人材も大企業に集積しているのが現状です。だからこそ、日本でイノベーションを創出し、日本経済を活性化させるためには、大企業をアクティベートしてオープンイノベーションの土壌を作り、日本版イノベーションエコシステムを構築することが第一だと考えました。

そこで、インキュベーション施設はスタートアップと大企業が混在する形式がスタンダードですが、我々は多くのリソースをもつ大企業特有の課題や悩みに寄り添いたいという想いで、大企業特化型施設に振り切り、大企業が新規事業を創出する 土壌やメソッド構築を支援しようと考えました。

――「ARCH」の特長やこだわりについて、教えてください。

一番の特長は、先ほどお話したとおり、大企業の新規事業部署に特化したインキュベーションセンターであるということです。

サービスのこだわりは「新規事業創出のメソッド」が学べるスクールプログラムを用意したことです。日本の大企業の新規事業部署は、既存事業の将来に危機感を覚えて立ち上げられたケースが多く、人員も異動で集められたメンバーで構成される傾向にあります。これまで既存事業の分野で働いてきた方ばかりですから、新規事業部署のマネージャー・メンバーに選出されても、「何をどうすればいいのか」と戸惑うのが当たり前です。だからこそARCHでは、新規事業創出の基礎が学べる環境を提供したいと考えました。豊富な経験をもつ人材をコーチとして招聘し、その方のレクチャーが受けられたり、相談に乗ってもらえたりするのは、ARCHならではですね。

社内では得難い情報と出会いが、挑戦を後押しする

飛松健太郎さん

――ARCHの立ち上げから2年が経過しています。企業はどのようにARCHを活用し、成果を得ているのでしょうか。

例えば、NTT東日本の皆様は、ARCHのなかでスリープテック事業である「睡眠プロジェクト」を推進されています。企業向けに睡眠状態を可視化するサービスを開発され自社サービスの検証をARCHの会員さんを巻きこみながら実施したり、様々な企業と共創し、睡眠をトリガーとした実証実験や事業開発を積極的に行っています。具体的には、エステー様が研究されている「トドマツの香り」が睡眠に与える影響を検証したり、第一生命のWell-being事業と連携したり、その他ここではまだお話しできないものも含め、たくさんのプロジェクトが生まれています。

また、キヤノンマーケティングジャパン株式会社の皆様は、2017年からイントレプレナーとアイデアの種を育てる社内起業プログラム「Canon i Program」を展開しており、そこで採択された人とアイデアを世の中に通用する事業へ成長させるためにARCHをご活用いただいています。会社員がイントレプレナーに育つためには、多様性ある人が集まる環境や事業創出に必要な支援体制が整っている状態が必要で、ARCHに身を置くことで社外のメンバーとも自由な意見交換ができることが刺激となり、案件を順調に推進できていると伺っています。

――会社の外に出ることで、出会いや新たな発想が得られているのですね。 参画企業は、どのような経緯でARCHに参画されるのでしょうか。傾向はありますか。

経営層から「新規事業部署を作ったが、うまくいっていないので送り込みたい」とご連絡をいただくパターンと、新規事業部署のマネージャーの方から「起案しても承認が得られない」「他の会社はどうしているのか知りたい」と相談をいただくパターン、その二つが特に多い印象ですね。

その二つに共通する課題は、新規事業推進に適した意思決定のプロセスデザインがうまく構築されていないことだと考えています。ボトムアップが文化として根付いていたり、権限委譲を積極的にしていたりすると、スムーズに意思決定がされやすいのですが、それができている企業はあまり多くありません。新規事業を推進するうえで、複数にまたがる関連部署への説明や多くの役員の承認が必要だったり、既存事業の何倍もの報告・連絡・相談が必要になったりすることが大半ですよね。特に今はメタバースやNFTといった最先端デジタルがテーマに挙がることも増えているので、承認の難易度自体も高まっており、意思決定に関する閉塞感をおぼえる企業も多いと思います。

意思決定のプロセスデザインを再構築し、新しいことに挑戦しやすい土壌をつくっていくことは、継続的に新規事業創出をするうえで欠かせません。社外の情報を得たり支援を受けたりすることで、改善を促していくべきだと考えています。

――ARCHでは日頃から参画企業同士の交流があるなど、社内では得難い情報を手に入れる機会が多くありますが、情報だけではなく、各領域の専門家も紹介していると伺いました。新規事業創出において、外部の専門家はどのように活用されるのでしょうか。

まず挙げられるのは、異業種に挑戦するときです。異業種となると、当然その領域に関する知識や専門性が低いですよね。ほかにも他の企業と組むとしても組み方が分からなかったり、M&Aをするとしても金融の知識がなかったりと、社内のリソースで対応しきれないことが往々にして起きます。これまでは雇用で解決するのが一般的でしたが、外部の専門家の活用は、より素早く手軽に必要な知見やスキルを得られるので、新しいことに挑戦する際には有効的だと思います。

また役員クラスの視点では、起案承認の場面で活用できると考えています。メンバーが熱い想いで起案してくれても、判断材料が不足しているために承認できないことはよくあります。大きな意思決定の場面では、承認者も判断に悩むんですよね。そのときに外部の専門家から業界のマーケット感やリスクに関する助言などをもらえれば、承認しやすくなることもあると思うんです。

――意思決定にも力を発揮するんですね。

そうですね。現場が実際にプロジェクト推進していく場面、経営層が意思決定する場面、その両方に外部の専門家は活かせると思います。

虎ノ門から、イノベーションの波を起こす

飛松健太郎さん

――ARCHを運用するなかで、見えてきた課題はありますか?

ARCHを企画した当初、我々は「参画企業の7~8割は取り組みたいプロジェクトをもってジョインする」と想定していました。プロジェクトがあり、ARCHのサービスを活用しながらブラッシュアップして、グロースしたら卒業する。その動きが循環するだろうと考えていたんです。しかしふたを開けてみると、まったく違いました。ARCHの開設は、コロナ禍に突入した時期ということもあって、それこそ危機感をもって立ち上げられた新規事業部署の方々が、領域設定もされていない状態でジョインされるケースが大半だったんです。

――想定よりも企業の課題が初期段階にあったんですね。

そうなんです。 しかも、企業は急速な時代変容に淘汰されまいという危機感のなかで新規事業部署立ち上げています。そのため、企業が重視するのは、継続的に新規事業を創出し続ける型をどのように生み出すかということ。一つひとつのプロジェクトの成果を求めているだけではありません。ARCHに対しても、できたばかりの新規事業部署に対して、どういう組織体制・仕組み・意思決定のプロセスデザインで、新規事業創出をサスティナブルに続けていくのかという、社内カルチャーの醸成を求められているのだと気づきました。

プロジェクトをもってきてくれて、それをどうグロースさせるかという課題であれば比較的シンプルなのですが、そうではありません。現在ARCHでは、改めて企業の課題をヒアリングするとともに、新規事業創出のさまざまな型を提示したり、プロジェクトの推進をサポートしたりするなど、多角的な支援に取り組んでいます。

――プロジェクトの支援という枠を越え、ARCHの役割が広がっているように感じます。

そうですね。しかし、当初目指した「大企業の新規事業創出を支援することを通じて、日本企業を変革し、日本経済を活性化する」という道には、少しずつではありますが近づいているのではないかと思っています。

少し遡りますが、森ビルが手掛けた六本木ヒルズが誕生したのは、2003年の頃。ITベンチャーが既存の大きな産業をディスラプトしたり、新たなサービスが次々と生まれていったりする様子がメディアに報じられ、インターネット産業が盛り上がる兆しを感じた方も多いと思います。その経験から森ビルが学んだことは、同じベクトルをもつ企業をあるエリアに集中させ、進化を促していくと、世の中の大きなうねりがつくれるということでした。

ARCHでは現在、110社を超える企業とご縁をもたせていただいています。ARCHを介し参画企業が「新規事業」「イノベーション」という同じベクトルに向かって進化し、成功モデルを生み出すことができれば、六本木ヒルズのときのように、社会を変える一助となれると信じています。

――ARCHを介して成功する企業が増えたら、ARCH独自のイノベーションエコシステムができますね。

ありがとうございます。新規事業創出に課題を抱える大企業の担当者に伴走し、成功のために必要な人やアイデア、知識とのマッチングを通じてプロジェクトを成功に導く、そんな存在になれたら嬉しいですね。ARCHの支援によってイノベーションに挑戦しやすくなる企業が増えていったら素晴らしいことですし、森ビルが挑んだ意義があるはずだと考えています。

取材後記
ARCHの現在の参画企業は、設立から2年で110社にまでのぼりました。この勢いを見れば、いかにこれまで大企業の新規事業創出における支援が不足し、企業が悩んできたかが分かると思います。

日本企業は「自前主義」と言われる傾向にありますが、ARCHを筆頭に外部支援の市場が成熟していけば、オープンイノベーションは今以上に活発化するでしょう。日本企業全体の変革にもつながっていく、期待を感じました。
and HiPro編集部
パーソルキャリア株式会社
and HiPro(アンドハイプロ)は、「『はたらく』選択肢を増やし、多様な社会を目指す」メディアです。雇用によらないはたらき方、外部人材活用を実践している個人・企業のインタビューや、対談コンテンツなどを通じて、個人・企業が一歩踏み出すきっかけとなる情報を発信してまいります。

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