地方と都市部を“はたらく”で結ぶ「地方副業」。現状の課題と目指したい世界とは

松井太郎と伊藤孝子

都市部企業の副業解禁や、新型コロナウイルスの流行に伴うリモートワークの普及によって、副業・兼業が新たな働き方の一つとして注目を集めています。

一方、人口減少が大きな課題となっている地方では、移住・定住推進や関係人口の創出が急務であり、副業・兼業を通じた都市部人材の確保、つまり「地方副業・兼業」がその手段の一つとして期待されています。都市部人材と地域企業のマッチングを支援すべく、「副業・兼業人材活用事業」に取り組み始める地方自治体は少なくありません。

前編では、先行的事例として鳥取県の「週1副社長プロジェクト」を取り上げました。後編の今回は視点を変え、地方副業・兼業の現状や課題、地方創生における副業・兼業について尋ねます。

お話を伺うのは、東北活性化研究センターで移住・定住などを調査研究し、2022年には報告書「副業・兼業による新たな人材・人口還流方策―ニューノーマルにおける首都圏人材と東北圏企業の意識調査から ―」を刊行された主任研究員・伊藤孝子さん。そして前編に引き続き、とっとりプロフェッショナル人材戦略拠点の戦略マネージャー・松井太郎さんです。

副業・兼業が招く、新たな人材獲得競争

――伊藤さんは以前から副業・兼業について調査・研究をされていたのでしょうか。

伊藤:副業・兼業に着目したのは、今回が初めてです。

東北活性化研究センターは、新潟県を含む東北地域の地域活性化や産業活性化を目的とした調査研究事業、プロジェクト支援、人材育成などを幅広く手掛ける団体です。私はそこで研究員として、さまざまなテーマの調査研究に取り組んできました。なかでも移住・定住に関しては長く携わってきましたが、働き方改革の流れで注目を浴びる副業・兼業も、一つの人材還流手段なのではと考えたことが、調査研究を始めるきっかけでした。

移住・定住の推進に関しては各地方自治体が取り組んでいますが、地方移住に関心を持つ限られた人材を各地域で奪い合っている状況です。このままいくと、都市部の副業・兼業人材に対しても同様の獲得競争が起きてしまうかもしれない。そうしたリスクを避けるためにも、東北地域は正しくターゲットや方針を定め、副業・兼業人材の誘致に取り組む必要があると考えました。

ターゲットや方針を定めるには、まず現状を知ることが欠かせません。そこで、東北地域における副業・兼業人材の受け入れ状況や、都市部人材には副業・兼業場所としての東北地域がどのように見えているかなどを調査しました。

――結果はいかがでしたか。

伊藤:副業・兼業に興味や関心を持つ都市部人材の9割が首都圏での副業・兼業を希望しており、東北を希望する方は1割に満たないという結果が出るなど、厳しい現実を突きつけられることになりました。一方で、結果を見て正しい危機感を持ち、地域一丸となって強力に取り組む必要があると気づいてほしいという狙いもありましたので、真摯に受け止めようと思いました。

――今回はお二人にお話を伺いますが、伊藤さんと松井さんは以前から交流があったのでしょうか。

松井:伊藤さんから「講演していただけませんか」とご連絡をいただき、2022年の3月に東北活性化研究センターで実施された事業報告会に呼んでいただいたのが最初です。それ以降も情報交換させていただくなど、交流が続いています。

――伊藤さんが携わられた報告書では「週1副社長プロジェクト」(とっとり副業・兼業プロジェクト)を取り上げていますね。鳥取の事例は、研究者の目にどのように映りましたか。

伊藤:「鳥取モデル」を作り上げたことが素晴らしいと感じています。

企業の多くは、副業・兼業人材の受け入れにさまざまな懸念を感じています。当センターで行った東北地域の企業への調査でも「報酬の設定が難しい」や「どのような人材がくるのか分からない」といった声が上がっていました。

その点「とっとり副業・兼業プロジェクト」では、報酬を3~5万円と打ち出されていますし、副業・兼業人材の活用方法も「伴走支援型」に振り切っていますよね。“週1副社長”と銘打ち「鳥取県はこの仕組みでやるんだ」と言い切ったことで、鳥取県内の企業は懸念を払拭できたでしょうし、「この仕組みに乗っかってしまえば大丈夫」という安心感の醸成にもつながったのではないでしょうか。

――「ターゲットや方針を定めて副業・兼業人材の誘致に取り組む必要がある」という伊藤さんのお考えを、まさに体現されていますね。

伊藤:そうだと思います。一方、都市部人材の副業・兼業先としての各地域への興味度を調べてみると、東北地域も鳥取県のある中国地域も大差がない。いずれも「求人数が少なそう」「業種や仕事内容が限られていそう」といったネガティブなイメージが先行していました。

鳥取県の取り組みが先進的であることは間違いありません。しかし、まだまだ都市部人材から見た印象には差がないことが分かったので、差別化を図るなど今後の戦略によっては、他の地域も鳥取に負けない成果が出せるのではないかと思っています。

副業・兼業推進の鍵を握る、受け入れ企業の掘り起こし

――地方副業・兼業の現状をどうご覧になっているかお聞かせください。

伊藤:都市部の企業を中心に副業が解禁されるようになったこと、また、新型コロナウイルスの流行に伴うリモートワークの普及によって「地方副業・兼業」の可能性が広がったのは間違いありません。当センターの調査でも、副業・兼業実施者や実施意向者の多くが「居住地と異なる地域での副業・兼業に興味がある」と回答しており、個人側は地方副業を前向きに捉える傾向にあるようです。

そうしたポジティブな流れがある一方で、地方自治体をはじめ、都市部人材と地域企業のマッチング支援に取り組む組織は、受け入れ企業の掘り起こしに苦戦している印象があります。

東北地域でも「副業・兼業人材を受け入れませんか」と地域企業に呼び掛けたり、セミナーを実施したりと行動は起こしていますが、良い反応が得られず、セミナーの集客にも苦戦していると聞いています。副業・兼業推進は、受け入れ企業の掘り起こしが最優先事項ですから、悩ましい状況のようですね。

松井さんも当初は苦戦されたと思いますが、どのように受け入れ企業を増やしていったのでしょうか。

松井:受け入れ企業の掘り起こしについては、多方面から相談をいただきますが、ファクトを掴むことが重要だとお答えしています。ファクトを掴むにはこちらから仕掛けていくしかないので、我々もこれまでさまざまな行動を起こしてきました。

たとえば、地域金融機関が開催するイベントに参加して、来場した企業一社一社に声をかけたり、各市町村の商工団体に出向き「オンラインで都市部人材とのイベントを開催するので、町内事業者の経営課題に対するアイデアを出し合ってみませんか」と声をかけたり。日々のこうした地道な働きかけが必要だと思います。

伊藤:手を挙げてくれる相手を待つ形式のセミナーを複数回開催するのではなく、地域企業一社一社の経営者に会いに行き、対話をすることが大切なんですね。

松井:ファクトを積み重ねた先に受け入れ企業が見つかれば、事例がつくれますよね。事例がつくれたら、今度はそれを手にまた企業を回る。事例を持っていくと、以前は「イメージが湧かない」と断られていた企業にも「この前の話ってこういうことなんだ」と分かってもらえるようになるんですよ。100万回のセミナーよりも一つの事例の方がずっと効果的だと経験から感じています。

伊藤:副業・兼業人材の受け入れは地域企業にとっても初めての試みだからこそ、セミナーで説明だけ聞いてもイメージが湧きにくいのでしょう。素早く事例をつくり、横展開していくことが鍵ですね。

松井:一例目をつくるのは容易ではありませんが、副業・兼業の話に興味を持ってくれる企業を探しに行くというスタンスで訪問すると良いと思います。事業規模によっても反応が異なるという発見もありました。たとえば現在は県立ハローワークに求人を出していない小規模事業者を中心に訪問しています。正社員を採用しにくいなど課題を抱えていることも多く、副業・兼業人材受け入れの価値を理解していただける確率は高いです。

伊藤:これまで何社の小規模事業者とコンタクトをとってきたのですか。

松井:若手サブマネージャー2人とアシスタント1名を中心に、県内事業者約2万3000社のうち1万5000社ほどリストアップし、訪問ないしは電話等で少なくとも一度はコンタクトさせていただいています。

伊藤:行動量に圧倒されます。これまでも鳥取の事例については何度もお話を伺いましたが、受け入れ企業の掘り起こしについては具体的な行動を聞けていなかったので興味深いです。

副業・兼業人材の受け入れが、人を変え、地域を変える

――副業・兼業は、地方創生の観点からも注目されています。副業・兼業者の受け入れは、地域にどのような効果をもたらすとお考えですか。

伊藤:関係人口の創出はもちろん、受け入れ続けた先には、移住・定住者の創出を促す役目も果たしていくと考えます。

当センターの調査では、地方への移住・定住意向は、地域への愛着度との関連性が見られ、地域への愛着度は副業・兼業の満足度が高いほど大きくなるという結果が出ています。地域が一丸となって副業・兼業人材の誘致に取り組み、活躍できる場を提供できれば、人口還流のメリットを享受できる可能性も高まり、結果として地方創生につながっていくのではないでしょうか。

――松井さんはいかがでしょうか。

松井:私個人としては、地域企業が抱える経営課題の解決が、それすなわち地域の課題を解決することであり、その積み重ねが地方創生につながっていくのではないかと考えています。

だからといって、地方創生を大上段に構えることはおすすめしていません。大上段に構えてしまうと、そこで思考停止に陥ったり、言っただけで満足してしまい行動に移せなくなる恐れがあるためです。

たとえばゲームでも、いきなりレベル10に挑戦するのは難しいですよね。1から順に始めて、2、3と経験を積んでいくからこそレベル10に到達できる。地方創生もきっと同じなので、まずは「週1副社長プロジェクト」の一つひとつの案件に真摯に向き合うことが、結果的に地方創生への近道になるのではないでしょうか。

伊藤:調査研究という視点でいうと、単に「副業・兼業人材を何人受け入れました」という数が重要なのではなく、受け入れた結果、受け入れ企業の従業員や地域にどのような影響をもたらしたのかという点に着目したいと考えています。

東日本大震災が起きた際、東北地域にプロボノ人材やボランティアの方がたくさん来てくださり、復興に協力してくれました。12年が経ちますが、今、東北地域に問われているのは「外部人材からどのようなノウハウを受け取ったのか」「ノウハウをもとに自らの力で復興に取り組めているのか」という、地域住民の変化や行動力です。

そしてその問いは今後、副業・兼業人材の受け入れ時にも同様に問われてくると感じています。だからこそ、副業・兼業人材から得たノウハウを社内だけに留めることなく、地域にも還元していってほしい。そうして都市部人材を地域全体で受け入れて活用できるようになれば、地域の人々の意識や行動が変わり、多様性が生まれ、地域創生を後押しする基礎にもなっていくように思います。

外部人材の活用を当たり前に

――今後も地方副業・兼業を促す動きは加速していくと思います。最後に、お二人の目標を教えてください。

松井:「週1副社長プロジェクト」続けるうえで目指したいのは、副業・兼業をはじめ「外部人材を受け入れる企業文化」を根付かせることですね。経営課題解決のために県立ハローワークに外部人材を求めにいくことも、都市部人材が地方で働きたいと県立ハローワークに相談にいくことも、どちらも当たり前に行われる文化が醸成できればと考えています。

都市部人材と地方とのつながりを生むうえで重要なのは仕事です。観光でも人は呼べますが、10回20回と訪れるのは現実的ではありません。しかしそこに仕事があれば、地域とつながる理由も訪れる理由も継続的に生まれ続ける。そしてそれが将来的に、移住就職や定住の創出にもつながってくるはずです。

移住・定住もまずは鳥取とのつながりがなければ始まりませんから、だからこそ「外部人材を受け入れる企業文化」の醸成は、我々にとっての使命の一つなのではないかと考えています。

伊藤:私も調査や取材で東北各地に伺いますが、地域の皆さんはいつも良くしてくださいます。「また来てね」と言われて、私も「また行きたい」と思いますが、仕事という理由でもなければなかなか訪れる機会をつくるのは難しい。結局、行けずじまいなんですよね。なので、松井さんがおっしゃることは非常に良くわかります。

一方で、個人が地域と関わるのには、仕事を超えたメリットがあるとも感じていて。地域とつながることは、生活圏以外に自分を受け入れてくれる人や場所が増えることを意味するのではないでしょうか。これはとてもすごいことだと思うんです。心の豊かさが大きく変わってくると感じませんか。

松井:本当にそうだと思います。私自身、副業・兼業に携わるようになってから人や地域とのつながりが増え、自分を受け入れてくれる方や必要としてくださる方の輪が広がりました。ありがたいことですよね。

そのほか「週1副社長プロジェクト」では都市部の大企業との交流も続けているので、マッチングが好循環に至れば、サテライトオフィスの誘致など、都市部大企業と県内企業との協業なども考えられるのではないかと考えていて。そうした仕事を起点とした取り組みの広がりを通して、これからも鳥取を盛り上げていきたいです。

――ありがとうございます。伊藤さんはいかがでしょうか。

伊藤:私個人が一番大切だと思うのは地域で暮らす一人ひとり。地域の方々が働きやすく、暮らしやすい環境を持続可能な状態で構築したいという想いが、日頃の調査研究の根幹にあります。

それを叶える一つの方法として副業・兼業人材の誘致があると考えていますので、先ほど申し上げたように、副業・兼業人材と関わることで人々の意識や行動が変わり、地域がより良くなっていくような、好循環が生まれてほしいですね。

調査テーマは毎年少しずつ変わっていくため、私自身「副業・兼業」だけを追い続けるのは難しいですが、副業・兼業人材の受け入れが東北地域で広がっていけば、人々や環境の変化も自然と見えてくると思います。ぜひ期待したいですね。

取材後記

副業・兼業を通じた都市部人材の誘致はまだ始まったばかり。副業・兼業人材の受け入れに慎重な姿勢を見せる企業が多いなか、苦戦を強いられる自治体は少なくありません。しかし、先行的事例として成果を収めつつある地域も同様の課題に悩んだ経験があり、行動と戦略で乗り越えてきたというのもまた事実です。地方自治体の大きな働きかけにより、今後、新たな展開を迎えていくでしょう。

新型コロナウイルスの流行に伴い、都市部だけが働く場所ではないと認識されるようになった今。経営課題を解決したい企業、スキルを発揮したい個人、そして地方創生を目指す地方自治体、3者に大きな価値をもたらす「地方副業・兼業」は、今後も大きな注目を集めそうです。

and HiPro編集部

パーソルキャリア株式会社

and HiPro(アンドハイプロ)は、「『はたらく』選択肢を増やし、多様な社会を目指す」メディアです。雇用によらないはたらき方、外部人材活用を実践している個人・企業のインタビューや、対談コンテンツなどを通じて、個人・企業が一歩踏み出すきっかけとなる情報を発信してまいります。

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