
人事
AI時代、その人材戦略で十分ですか?─パーソル総研上席主任研究員に聞く「経営と連動する組織づくり」
生成AIやAIエージェントの進化により、企業を取り巻く経営環境は急速に変化しています。内閣官房・金融庁・経済産業省が2026年3月に公表した「人的資本可視化指針(改訂版)」では、経営戦略と人材戦略を一貫したストーリーで説明する重要性が改めて示されました。
こうした変化を踏まえ、企業にはどのような対応が求められるのでしょうか。パーソル総合研究所 上席主任研究員の佐々木聡氏は「他社の先行事例を待つのではなく、自社で実証を進める姿勢が必要」だと指摘します。AI時代に求められる人材戦略の考え方や、人事の役割の変化、具体的な取り組みについて聞きました。
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これまで以上に「人材戦略と経営の連動」が問われる時代

——近年、「人的資本可視化指針(改訂版)」が公表されるなど、経営戦略と人材戦略の連動が改めて注目されています。佐々木さんはこの動きをどのように受け止めていますか。
佐々木氏:今回の指針改訂には、新しい考え方を示すというよりも、「人材版伊藤レポート2.0」で示された方向性を改めて広く浸透させる狙いがあると捉えています。
もともと人的資本経営では、経営戦略と人材戦略を一体で考えることの重要性が示されていました。当初は「何から始めればいいのか」と戸惑う企業も少なくありませんでしたが、この数年で取り組みは着実に進んできました。今回の改訂は、その流れをさらに加速させるものと言えるでしょう。
企業がどのような経営を目指し、その実現に向けてどんな人材へ投資するのか。その背景や考え方を含めて、一貫したストーリーとして説明することが、これまで以上に重要になっています。
投資家が知りたいのは、「研修にいくら投資したか」といった数字だけではありません。たとえば教育投資額を開示しても、「その投資によって企業はどう成長するのか」が伝わりにくい面があります。人的資本への投資と経営戦略がどう結び付いているのかまで説明できてこそ、投資家も企業の中長期的な成長可能性を判断できるのです。
——こうした「経営戦略と人材戦略を一貫したストーリーで示す」という考え方は、実際にどの程度浸透しているのでしょうか。
佐々木氏:上場企業では人的資本経営への対応が着実に進んでいます。もちろん取り組みの深さには差がありますが、少なくとも経営戦略と人材戦略を連動させ、それを社外へ発信していくことの重要性は広く認識されるようになってきました。
実際に、人材戦略や人事制度を見直し、自社の目指す方向性を明確に打ち出したことで、採用力や組織活性化につながった企業もあります。求職者や従業員は、「この会社は将来どう成長するのか」「自分はその中でどのような役割を担えるのか」をこれまで以上に重視しています。
こうした動きは、採用や人材定着に課題を抱える中堅・中小企業にも広がりつつあります。
そのため、人材戦略は投資家への説明だけではなく、人材に選ばれる企業になるための重要なコミュニケーションになっているのです。
AIエージェントの進化で、人と組織の役割はどう変わる?

——人的資本経営が広がる一方で、AIの進化も企業に大きな影響を与えています。特に近年は「AIエージェント」が注目されていますが、企業組織にはどのような変化が起き始めているのでしょうか。
佐々木氏:私もAIエージェントの進化には大いに注目しています。というのも、AIエージェントは単なる業務効率化ツールを超えて、組織そのもののあり方を変えてしまう可能性を秘めているからです。これまで近代企業で長く前提とされてきたピラミッド型組織が本当に最適なのか。その前提自体が揺らぎ始めています。
たとえばアメリカでは、AI活用の進展に伴い、若手ホワイトカラー層の削減が進んでいるとの指摘があります。コンサルティング業界でも若手を含む人員構成の見直しを進める動きがあるとされ、これまで人が担ってきた業務を前提とした組織運営そのものが、変わり始めている可能性があります。
——日本では、まだそこまで大きな変化は起きていないようにも感じます。アメリカとの違いはどこにあるのでしょうか。
佐々木氏:Windows 95が普及し、インターネットの活用が一般的になってきた1990年代後半の流れとよく似ていますね。
当時アメリカでは、デジタル技術を自社で使いこなすことを前提に人材育成を進めました。一方、日本ではシステム開発などを外部ベンダーへ委託する流れが強く、社内にIT人材が十分育たなかった企業も少なくありません。
AIでも同じことが起きる可能性があります。アメリカでは「最初は外部の力を借りても、最終的には自社で使いこなす」という発想が基本です。その結果、AIに置き換えられる業務は大胆に見直され、人員構成そのものを再設計する動きが広がっています。
一方日本では、コンサルティング市場が拡大を続けています。その背景には、AI導入そのものではなく、AIを活用できる状態にするためのデータ整備や業務改革が残されていることがあります。自社だけで対応しきれず、外部の支援を受けながら進めている企業も少なくありません。ただ、この状況が永続するとは考えにくく、今後数年で日本も同じ方向へ進んでいく可能性があるでしょう。
——そうなると、企業の人材構成そのものも変わっていくのでしょうか。
佐々木氏:極端な話をすれば、日本でもホワイトカラーのジュニア層の必要性自体が問われるようになるかもしれません。一方で、人にしか担えない仕事の価値はむしろ高まっていくと考えられます。
たとえば製造業の技能職など、現場で経験を積み重ねることが必要な仕事では、高卒人材が「金の卵」として改めて注目されています。習熟に時間がかかる仕事ほど、人材を早期から育成できることがメリットだと捉えられるようになってきました。
「AIが得意とする仕事」と「人だからこそ担える仕事」が、これまで以上にはっきり色分けされていくのでしょう。それに伴い、企業が求める人材構成も変わっていくはずです。
——AIは、人と協働する存在としても進化しています。組織運営にも影響が及ぶのでしょうか。
佐々木氏:非常に大きな影響があると思います。
海外では、企業と大学が連携してAIが組織や働き方に与える影響を検証する動きも進んでいます。そうした産学連携による研究では、人だけのチームよりも、人とAIが協働したほうが高い成果を生み出すケースが確認されています。
また、AI時代のマネジャーの役割も変わります。弊社の調査結果でも出ているのですが、これまでは業務の進捗管理や成果確認が中心でしたが、今後はAIを含めたチーム全体の思考や試行錯誤を支援する役割が重要になります。

問いを立てる、前提を整える、振り返りを促す――そうした「チューニング」の役割が求められるでしょう。
極端な話ですが、将来的には「マネジャーだけが人間で、実務を担うのはAIエージェント」という組織も考えられるかもしれません。もちろん現時点でそこまで進んでいる企業は多くありません。しかし、AIを一つの人的リソースとして捉え、どう配置し、どう組み合わせるかを考える時代になりつつあります。人中心だった組織設計の前提そのものが変わる可能性があるのです。
「AIをどう使うか」から、「AIを前提に組織をどう設計し直すか」という発想が、いっそう重要になる時代に入ったと言えるでしょう。
人材戦略で「変えないもの」と「変えていくもの」

——こうした変化を受け、中期経営計画などの見直しを進める企業も増えています。一方で、既存の人材戦略との間にはギャップも生じているのではないでしょうか。
佐々木氏:多くの企業が、AIの進化にどう向き合えばいいのか、手探りの状態だと思います。実際、私自身も大企業の経営層と議論する機会がありますが、テーマの多くはAI活用です。
最近では「CAIO(Chief AI Officer:最高AI責任者)」のポジションを設置し、AI活用を経営戦略の中心に据える企業も見られます。重要なのはAIを導入することではなく、AIを前提とした事業戦略や組織づくりまで視野に入れられるかどうかです。
人事も同じです。AIを単なるツールとして捉えるのではなく、人とAIの連携を前提に組織を設計していく必要があります。既存の組織図を少し修正するのではなく、新しい組織をゼロから描くくらいの発想が求められているのです。
——こうした状況では、人材戦略も柔軟に変えていくべきなのでしょうか。
佐々木氏:そこは少し誤解されやすいところです。経営戦略は市場環境に応じて変化していきます。しかし、人材戦略まで毎年のように変えてしまうと、組織は育ちません。
人材戦略は、「人と組織がどうあるべきか」という上位概念です。どのような人材ポートフォリオを描き、どのような組織を目指すのか。そうした大きな方向性を定めるものなのです。
対して人事戦略は、その人材戦略を実現するための手段です。採用や育成、配置、評価制度など、人事部門が実務として取り組む施策はこちらに当たり、状況に応じて柔軟に見直していくことが求められます。
人・モノ・カネ・情報という経営資源の中でも、人は成果を得られるまでに最も時間がかかります。だからこそ、人材戦略は5年後、10年後を見据えた大きな方向性として据え続ける必要があります。経営環境が変わるたびに、頻繁に見直す性質のものではありません。
——ただ、AIの進化によって必要な人材像は急激に変わっていく可能性もあります。そのバランスはどのように考えればよいのでしょうか。
佐々木氏:難しいところですが、人材戦略という大きな軸は維持しながら、人事戦略を柔軟にアップデートしていく姿勢が求められるのだと思います。
たしかに、現在は若手人材を積極的に採用していても、3年後にはAIの進化によって若手人材の必要性が薄れているかもしれません。採用活動で求める人物像が大きく変わっている可能性もあります。だからこそ、「自社はこれからどんな事業を目指すのか」という中長期の見通しを持った上で、人材戦略を描くことが重要になるでしょう。
人材版伊藤レポート2.0でも示されているように、人材戦略には一貫した考え方が必要です。その軸を持った上で、人事戦略を柔軟にアップデートしていく。この二層構造で考えることが大切だと思います。
AI時代に人材戦略をどう設計するか

——では、AIを前提とした人材戦略は、具体的にどのような視点で設計していけばよいのでしょうか。
佐々木氏:現時点で「これが正解」というモデルがあるわけではありません。国内でも海外でも、多くの企業が試行錯誤を続けています。
ただ、一つ言えるのは「AIをどの業務に使うか」という発想だけでは十分ではありません。重要なのは「人とAIがどのような役割分担をするのか」を考え、その前提で組織を設計することです。
現時点で、完成形を描けている企業はまだ多くありません。他社の先行事例を探すのではなく、自社で検証を重ねるアプローチが重要です。人とAIは、自社ではそれぞれどのような役割を担うのか。AI同士はどう連携するのか。その前提で組織全体をどう設計するのか。こうした問いを、自社で考え続けることが重要です。
——AIを前提とした組織づくりでは、人材ポートフォリオも見直す必要がありそうですね。
佐々木氏:はい。これまでは、人材ポートフォリオを考える際に「何人必要か」という量の議論が中心でした。しかしAIの進化によって、量の一部はAIで代替できるようになります。
これから重要になるのは「質」です。AIのほうが情報収集や分析に優れているのであれば、その仕事はAIに任せたほうが合理的かもしれません。一方で、人間だからこそ価値を発揮できる仕事も残っていくはずです。
たとえばコンサルティング業界では、議事録作成や情報収集といった業務はAIで代替しやすくなっています。しかし、クライアントごとの事情を踏まえ、潜在的な課題を見抜き、プロジェクトで起こりがちな落とし穴まで見据えながら提案を組み立てることは、経験豊富なコンサルタントだからこそできる仕事です。AIの時代だからこそ、ベテラン人材の価値が改めて見直される可能性もあるでしょう。
——AIを活用する上では、人材データの整備もますます重要になりそうです。
佐々木氏:ピープルアナリティクスの重要性は以前から言われていますが、十分な人材データ基盤を整備できている企業は、まだ多くはありません。
AIは高い処理能力を持つ一方で、学習するデータがなければ力を発揮できません。まずはデータを収集し、整理し、活用できる状態をつくることが出発点になります。
一方、従業員の立場からすれば、「AIによって自分の異動や評価が勝手に決められるのではないか」という不安も生じるでしょう。だからこそ人事の「人」としての役割が重要になるのです。従業員の納得感を高めたり、人同士だからこそ気づける変化を受け止めたりすることは、人事だからこそ担える役割。AIが発達するほど、人が介在する意味は、むしろ高まる部分もあると思っています。
人事とAI、それぞれの専門性を組み合わせる

——改めて、これからの人事にはどんな役割が求められるのでしょうか。
佐々木氏:私は、CHROとCAIOが同じゴールを見ながら組織づくりを考える時代になると考えています。
CHROだけですべてのAIを理解することは難しいでしょうし、CAIOだけで組織や人を語ることもできません。しかし目指すゴールは同じです。AIをどう使うかではなく、自社のビジネスをどう最適化するか。その目的に向かって、人事とAI、それぞれの専門性を組み合わせることが重要になるでしょう。
とはいえ人事は、AIを必要以上に難しく考える必要はないと思います。まずは、自社の業務でAIを使った場合と使わなかった場合を比較してみる。それだけでも、新しい発見があるはずです。
一方、AI時代の人材戦略は人事だけで完結するテーマではなく、データ分析やAI、マーケティング、組織開発など、多様な専門性を組み合わせながら考えていく必要もあります。自社だけで答えを出そうとするのではなく、必要に応じて外部の専門家やプロ人材の知見も取り入れながら、人材戦略を磨いていくことが重要です。
変化を待つのではなく、自ら実証し、学び続ける。必要な力を積極的に外部から取り入れる。そんな企業こそが、AI時代の競争優位性を築いていくのではないでしょうか。
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【プロフィール】
パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木 聡氏
リクルートへ入社し、人事考課制度やマネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を務める。2013年7月よりパーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長、2020年4月より現職。立教大学大学院 客員教授としても活動。
まとめ
生成AIやAIエージェントの進化は、業務の効率化にとどまらず、企業の組織や人材戦略そのものを見直す契機となりつつあります。重要なのはAIを導入することではなく、経営戦略と人材戦略を連動させ、人とAIがともに価値を発揮できる組織像を描くことです。そして、その答えを自社で小さく実証しながら磨き上げていく姿勢がますます重要になっています。
変化のスピードが加速する今だからこそ、自社の人材戦略を改めて棚卸しを行い、自社だけでは解決できない部分を「HiPro Biz」でプロ人材の豊富な知見も取り入れながら、将来を見据えた組織づくりに取り組んでみてはいかがでしょうか。
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