人が辞める会社は何を見落としているのか――採用から定着までをつなぐ採用戦略

採用コストをかけて人材を迎え入れても、早期離職が相次ぎ、組織が安定しないと悩む企業が少なくありません。離職が発生するたびに新たな採用を繰り返し、現場の負担も増していく……。こうした状況に対し、採用と離職を別々の課題として捉えるのではなく、採用から配置、定着までを一体で見直す必要があるという指摘もあります。

その際に鍵となるのが、企業に蓄積された人材データです。採用時の適性検査や入社理由、入社後の評価、エンゲージメントサーベイなど、企業には日々さまざまな情報が集まっています。しかし、それらを離職防止や採用成果の向上に十分活用できている企業は多くありません。

では、自社で活躍し、定着する人材の特徴を把握し、採用や配置の意思決定に活かすには何から始めればよいのでしょうか。

300社以上の人と組織の課題解決に伴走してきたプロ人材・東野 敦氏に、採用と離職を一体で捉える必要性や、人材データを活用した採用戦略の考え方について聞きました。

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人事部門の「縦割り」が採用と離職を分断する

——近年、企業から寄せられる離職に関する相談には、どのような傾向がありますか。

東野氏:人事領域のご相談には、ほぼ必ずと言ってもいいほど「離職」がついていますね。離職をきっかけとした人事制度や報酬制度の見直し、エンゲージメント向上、人と組織のビジョン策定など、離職が何らかのアクションを起こす強力なトリガーになっている印象です。

離職理由にも変化が見られます。仕事の面白さややりがいに対する不満は以前からありましたが、近年は自身の生活やウェルビーイングを守るために離職するケースが目立ちます。転勤がある、はたらく場所を自由に選べない、出社を義務づけられているといった条件が、退職の引き金になることも。仕事内容だけでなく、生活基盤やライフスタイルと両立できるかどうかも、会社を選ぶ重要な基準になりつつあるのです。

——採用を強化する一方で離職が続き、組織が安定しない企業もあります。採用と離職は、本来どのように結びつけて考えるべきなのでしょうか。

東野氏:まず押さえておきたいのは、多くの日本企業の人事部門が抱える構造的な問題です。企業規模が大きくなると、採用、人事企画、育成、労務などの機能ごとに担当組織が分かれます。人事部長やCHROの視点であれば全体を見渡せますが、実務を担う部門同士は、十分につながっていないケースが少なくありません。

実際に、私たちが一社から人事制度と育成に関する二つの案件をご依頼いただき、それぞれ別の部門とやり取りすることもあります。支援する当社の担当者は同じなのに、お客さま側では、互いの取り組みをほとんど認識していないことさえあるのです。

採用と離職の間にも、同様の分断があると感じています。本来であれば、採用時に得た人材データを配置や育成、離職防止にも活用し、入社後に得られたデータを次の採用へ還流させるべきです。しかし、人事部門内の縦割りによって情報が共有されず、採用と離職が別々の問題として扱われています。

——採用時に取得したデータが、その後に活用されていないということでしょうか。

東野氏:はい。代表例が選考で実施する適性検査の情報です。こうしたアセスメントでは、能力だけでなく、本人の性格やモチベーションに関わる情報も取得していることが多いです。配属や入社後のマネジメントを考える上で、非常に有用なデータと言えるでしょう。

ところが実際には、採用担当者が検査結果を入社後の配置や育成に活用していないケースが多く見られます。不採用者の情報も含まれていることや、個人情報の取り扱いに慎重な対応が求められることから、入社者のデータだけを整理して他部門へ共有する仕組みを整備できていない企業も少なくありません。

その結果、現場は新入社員の性格や志向性を十分に知らないまま配置を決め、ミスマッチが起きて初めて問題に気づきます。企業はすでに有用なデータを持っている可能性が高いにもかかわらず、それを採用以外に使わず「お蔵入り」させている。この状態を見直すことが、採用と離職をつなぐ最初の一歩になるでしょう。

離職を防ぐ採用設計の肝は「何をどこまで任せるのか」を決めること

——採用時の評価や判断そのものが、入社後の離職につながることもあるのでしょうか。

東野氏:あり得るでしょう。特に中途採用では、「何をしてもらうのか」を明確に決めないまま、何となく人材を採用してしまうケースがあります。たとえば「今後はAIが重要になるから、AIに詳しい人を採ろう」と考える。しかし、その人材にどの業務を任せ、どんな成果を上げてもらうのかまでは定まっていないというケースもあります。

私の知る実例では、ある専門領域の案件拡大を見込み、その領域に詳しいエンジニアを採用したものの、入社時点では任せられる案件がなかったという企業もありました。採用面接では部門長が将来のビジョンを語ったため、本人は期待を持って入社しています。ところが現場では、その人がなぜ採用されたのか、何を任せるのかが共有されていません。結果として仕事を割り当てられず、早期離職につながるミスマッチが起きてしまいました。

採用した人材の情報を「機密だから」と人事部門内に囲い込み、配属先へ十分に共有していないこともあります。その結果、現場が採用の目的や本人に期待する役割を理解できないまま受け入れることになり、入社後の配置や仕事の割り当てにミスマッチが生じてしまうのです。

——多くの企業では、採用するポジションや職務内容を定めていると思います。それだけでは不十分なのでしょうか。

東野氏:近年は日本企業でも、採用時に「○○プロジェクトの課長」「○○事業の推進責任者」といったポジションまでは明確にできるようになってきました。ただし、実際に仕事を進めるために必要な条件まで定義できている企業は非常に少ないでしょう。

たとえば、その人にどれだけの予算を持たせるのか、何ができれば成功と評価するのか、どこまで自ら意思決定できるのか。こうした権限や成功基準が曖昧なままでは、採用された人材は思うように動けません。前職では大きな裁量を持って自ら判断できた人が、転職後は1万円の支出にも上司の承認を求められるような状態になれば、ギャップを感じるのは当然ですよね。

つまり、採用要件を考える際には求めるスキルや経験だけでなく、入社後に担うミッションや成果責任、予算、意思決定の範囲まで具体化することが重要なのです。そこまで明確になって初めて、企業は適切な人材を採用することができ、本人も入社後のはたらき方を現実的に判断できます。離職を防ぐ採用設計は、「どんな人が欲しいか」だけでなく、「その人に何をどこまで任せるのか」を問い直すところから始まるのです。

全員に同じ定着施策は効かないから「モチベーション別」に人材を捉える

——採用と離職を一体で捉えるべきだというお話でした。実際に離職防止を考える際、企業は従業員についてどのように理解すればよいのでしょうか。

東野氏:同じ会社や職種ではたらいていても、入社した理由や仕事に求めるものは一人ひとり異なります。その違いを捉えず、全従業員に同じ人事制度やメッセージを当てはめても、効果的な離職防止にはつながりにくいものです。そこで重要となるのは、「モチベーション別のポートフォリオ」を理解し、それぞれに応じたアプローチを行うことです。

たとえば、大手工務店の現場ではたらく人材を想定してみましょう。その人たちの中には、少なくとも四つのモチベーションが想定できます。

一つ目は、職人として家づくりの喜びを感じ続けたい人です。二つ目は、現場経験を積んだ後に設計や企画、販売などへキャリアを広げたい人。三つ目は、技術を身につけ将来的に独立したい人。そして四つ目は、転勤せずに地元で家族と暮らしながらはたらき続けたい人です。

同じ現場人材でも、求める仕事やキャリア、報酬、はたらき方は大きく異なります。だからこそ、モチベーションごとに人材群を整理し、それぞれに合った配置、キャリア、報酬、育成、定着施策を設計する必要があるのです。

——企業は、従業員のモチベーションをどのように把握すればよいのでしょうか。

東野氏:本人に「何のためにはたらいていますか」と直接尋ねるだけでは、多面的に把握することは難しいです。入社理由や適性検査、エンゲージメントサーベイ、面談、評価データなど、複数の情報を組み合わせて分析することが重要です。

「なぜ入社したのか」「なぜ今もこの組織にいるのか」「どこに帰属意識を持っているのか」といった情報を収集し、一定量のデータがある場合には、因子分析などの統計的な手法を活用し、従業員に共通するモチベーションの傾向を整理することもできます。年代、職種、部署、入社動機などの切り口で分析すれば、自社にはどのような人材群が存在するのかを具体的に捉えられるでしょう。

データをつなぎ、採用・配置・定着を一体で設計する

——モチベーションの違いに加え、採用や配置を再設計するためには、どのようなデータが必要ですか。

東野氏:入社時に把握している性格や能力に加え、本人が入社理由として語っていたことも重要なデータです。さらに、現在どのようなミッションを担っているのかも把握する必要があります。

ここでいうミッションとは、経理や調達といった職種名ではありません。その仕事が「攻め」なのか「守り」なのか、「改善」なのか「改革」なのか、あるいは安定したオペレーションが求められるのか、自ら進んで新たな挑戦をすることが求められるのかといった、仕事そのものの性質です。本人の能力や性格と、現在担っているミッションを組み合わせれば、ポジションとの適合度や、ミスマッチが生じやすい要因を可視化できます。現在は、タレントマネジメントシステムなどを使って、こうした分析を行うこともできます。

——分析する際には、どのような観点が必要でしょうか。

東野氏:離職防止が目的なら、「何が改善すれば、この会社ではたらき続けたいと思うか」を明らかにしなければなりません。人間関係、仕事内容、チームの状態、与えられたミッション、報酬、はたらき方などの選択肢を設け、それぞれが定着意向とどのような関係にあるのかを分析します。

そして、分析結果は必ず採用要件へ戻す必要があります。その際に重要になるのが、自社で活躍・定着している人材に共通する価値観や期待を整理することです。その軸となるのが、EVP(Employee Value Proposition)、つまり「その会社ではたらくことで従業員が得られる価値」です。EVPを採用だけでなく、配置、育成、評価、報酬、組織文化まで一貫して反映させることが重要です。

たとえば「未経験でも挑戦できる会社」を掲げるなら、失敗を許容する文化や、挑戦を支えるフィードバックが必要です。「チームで成果を出す」と言いながら、個人業績だけで賞与を決めていれば、従業員は矛盾を感じます。「社会課題の解決」や「お客さまの笑顔」を掲げながら、社内の会議で売上や利益の話しかしない場合も同様です。

採用時に求人票や採用媒体、面接などで伝えた魅力と、入社後の実態が食い違えば、従業員はしらけ、やがて離職にもつながってしまいます。理想を掲げるなら、企業にはそれを実現する覚悟が求められます。自社の実態を正直に言語化し、採用から入社後の体験まで一貫させることが、ミスマッチを減らすための基本だと言えるでしょう。

プロ人材がデータ活用を設計し、合意形成を通じて施策の分断をつなぎ直す

——データをもとに採用・配置・定着を一体で設計するには、どのような手順で進めるべきでしょうか。

東野氏:出発点となるのは、事業戦略を踏まえて「どのような人と組織を目指すのか」を定義することです。そのうえで、従業員が得られる価値、求めるリーダー像、必要な人材や能力、実現したい組織文化を整理します。

次に、サーベイや経営陣・従業員へのインタビューを通じて現状を把握し、理想像とのギャップをデータで可視化します。そこから人材群ごとの採用要件や配置、キャリア、評価、報酬、育成施策へ落とし込んでいくのです。

このプロセスで最も難しいのは、データ分析そのものではなく、関係者が本音で議論し、共通の方針をつくることです。役員へのインタビューを行っても、互いに忖度してその場では反対意見を言わず、きれいな言葉にまとめてしまうケースがあります。ところが半年後、具体的な人事制度や配置へ反映する段階になると、議論の段階で何も意見を出さなかった役員から「自分は最初から賛成していなかった」と反対され、振り出しに戻ってしまうこともあります。

そのため、プロジェクトの初期段階で発言することへの心理的安全性を確保し、経営陣や人事部門、必要に応じて中間管理職まで巻き込むことが重要です。異なる意見を出し切り、「この方針で進める」と合意しておかなければ、採用時のメッセージと現場の運用は再び分断されてしまいます。

——こうした取り組みにおいて、外部のプロ人材はどのような役割を担えるのでしょうか。

東野氏:社内の人間だけでは、役職や部門間の力関係を意識して、率直な意見を出しにくい場合があります。プロ人材であれば第三者の立場から、どのデータを見るのか、どう分析するのか、採用要件へどう落とし込むのかを設計できます。さらに、経営陣や各部門の認識の違いを明らかにし、合意形成を促すことも重要な役割です。

一連の仕組みを構築し、検証と改善を重ねるには、2〜3年程度かかることもあります。しかし、自社の方針が定まれば、人と組織に関する意思決定全体の精度を高めやすくなります。

リファラル採用やアルムナイ採用など、注目されている施策へすぐに飛びつく企業も少なくありませんが、まず問うべきは「自社はどのような会社で、誰とはたらきたいのか」です。小さなデータを集めることからでも構いません。時間がかかるからこそ、勇気と情熱を持って、まず始めてみることが大切だと考えています。

▼東野氏監修の採用・配置・定着を支える採用戦略については、こちらの資料もご覧ください。

【プロフィール】

People Trees合同会社 Co-CEO/社長 東野 敦 氏

富士重工業(現SUBARU)、本田技研工業、江崎グリコなどに在籍し、人事領域における製造業のグローバル化や制度設計、タレントマネジメント、シニア活躍推進などにおいて、企画から実行までを担当。在職中にPeople Trees合同会社を共同創業し、2020年9月より独立。300社以上の人と組織の課題解決に伴走し、人事制度設計をはじめ、海外法人の人事面での支援、タレントマネジメントシステムやテクノロジー導入による生産性向上にも寄与している。

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まとめ

離職は採用とは別に発生する問題ではありません。採用要件や配置、入社後の体験とのミスマッチを示す重要なシグナルです。採用と離職を別々の課題として扱っている限り、企業は同じミスマッチを繰り返しかねません。

採用時の適性検査や入社理由、入社後の評価・サーベイなどのデータをつなぎ、従業員のモチベーションや活躍条件を捉えることが、定着につながる採用設計の出発点になります。社内に蓄積されたデータを見直し、採用から定着までの戦略を一体で設計するために、「HiPro Biz」で深い知見と実行力を持つプロ人材を活用してみてはいかがでしょうか。

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